予定通りの火曜日、幸枝は朝からいつものように着替え、使用人の作った朝食を摂り、部屋で雑誌を読んでいる。週末に町へ出たときに、駅の近くの売店の店員をしている少女にせがまれて買ってきたものである。春の麗らかな日、果樹園の広がる野は相変わらず穏やかである。誰かが部屋のドアをノックしたのが聞こえて、幸枝はそろそろ毎月の手紙の届く時期かと思いながら嬉々として扉を開けた。
「お客様がいらっしゃいました」
「私に?何方(どなた)かしら」
屋敷にやって来たのは、手紙ではなく人間らしい。特に誰かが来るという知らせは受けていないが、まさか内緒で身内でも訪れたのだろうか、いや、鉄道事情も厳しいのにそんなことは起きまい。そう思いながら怪訝(けげん)な表情で階下の居間へ向かうと、そこには数人の軍人がいた。海軍である。三人とも中年まではいかないほどの年齢と見え、そのうちの一人は談笑しているところに現れた少女を目にしてすっと立ち上がり、他の二人もそれに続くように席を立つ。いずれもかつてともに秘密裏の仕事をした()の人というよりは、彼よりもずっと前に取引をした主計中佐や少尉のような印象が強かった。
「君が伊坂さんか」
真っ先に立ち上がった軍人は顎に手を当てて、まじまじとその少女を見る。幸枝はその不穏な視線を感じて他の二人にも目を光らせ、背筋をしゃんと伸ばして答えた。
「ええ、伊坂幸枝と申します」