「あら!そのワイン、私がいただいたものだわ。長津さん……次男さんにお食事に連れていってもらったときに……和食だったのにワインを出して、私、驚いたんです。ワインは洋食に合わせて飲むものですから、和食にはお酒でしょう?でも、それが意外にも和食にもよく合っていて、ワインもお料理も美味しかった記憶があります」
「……あの兄貴はおじょーもん(ごの)みっちゅうこんずら」
「え?」
幸枝は実がぼそっと(つぶや)いた一言を聞き返す。その口ぶりは(わざ)と彼女には分からないよう、或いは隠すようなものである。実はその後何も言わなかったが、幸枝は果樹園と山々の広がる盆地を背に向け、全く別の質問を投げかけた。その表情には、獲物の狙いを定めた獅子にも似た不敵な笑みが浮かんでいる。
「醸造所でのお仕事は如何(いかが)ですか?近頃美味しいお酒はあまり出回らないような気がするのですが、時折御宅のような醸造所さんや酒蔵さんはどのようにしていらっしゃるのか、規制が厳しいのではないかなんて思ってしまうんですよ。私としては折角二十歳(はたち)になったし、本業が忙しかったので気を紛らわすためにも時々は美味しいお酒を一杯だけでもいただきたいなと……世間はそう上手くはいかないようですけれど」
「うちはそれなりに忙しいですよ……ワインは奨励対象ですから。僕も元々はただの醸造所の社員でしたが、今は」
「海軍ね」
辿々(たどたど)しく話して見せる実を一瞥(いちべつ)した幸枝は、その話を(さえぎ)って続ける。