正博は他の軍人と比べてもひとつ何か違うところを持つ人であったが、それ以上に社交界や業界の人たちと比べても異色であった。それまで幸枝に親しくしようとする人たちには常に何らかの目論見があった。彼女自身もそれは理解していて、仮に自分がとある良家の子息であれば、財閥には届かないがそれでも大企業である、しかも重工業という一番勢いのある業界で、少なくとも東京では誰もが知る会社を持つ家の娘だとすれば、それは妥協せずとも手に入れられる格好の商機である。幸枝に近づく男達も彼女の知るところと同じことを考えていたが、誰もがまず惹かれたのは彼女の美貌である。男達は彼女の低い背丈に小動物のような愛着を覚え、大きく見開かれ黒々とした瞳とその下で光る泣き黒子に引き込まれ、紅いルージュを差した唇から生まれる言葉に気を取られ、しゃんとしたその女に一度心を奪われると後戻りは出来なくなる。立っても座っても、歩いていても美しく可憐な彼女は業界や社交界は勿論のこと、偶然街で出会った人や学生、サラリーマン、官吏など普く男性の心を捉えていたが、本人はつゆ知らず、日々伊坂工業の社員として、また代表の夫人代理として毎日をこなしていたのである。



