果樹園に沿ってゆっくりと歩くうちに、幸枝と使用人は町に到着する。都会育ちのモガはやはり田舎町では相当の視線を集めていたが、幸枝は使用人に案内されつつ手紙を送り、速達で東京へ向かった手紙は十日も経たぬうちに往路を経て、今度は東京からの返信が届いた。ひとつの大きな封筒の中に小さな封筒が二つ、差出人は父と正博である。父からは娘の体調を気遣う内容や東京での家族のこと、仕事のことについての連絡があった。海軍との仕事は変わらず正博が担当しているらしい。その正博からも手紙を預かったと父が同封したらしく、東京で見ていたのと同じ何の変哲もない茶封筒の中に白い紙が数枚入っていて、そこには所狭しと文字が連なっていた。内容は東京で続けてきた仕事についての話や日日の暮らしぶり、甲州での生活についての尋ねごとで、困ったことがあれば何時でも連絡してくれとも書かれていた。どこまでも気の利く人である。彼の手紙の中では一切語られていなかったが、彼はきっとこの別邸の留守居や門番、使用人にまで悉く客人を迎えるにあたっての指示をしている。海軍との仕事の中で、彼は大企業の令嬢としての幸枝を最も尊重した人間である、少なくとも幸枝はそう感じていた。



