「あの戦争が終るまで伊坂⼯業と取引を継続することと君を守ること、これが俺に命じられた任務、いや、 俺が俺⾃⾝と当時の上官に誓ったことだった。 戦争は終ったし、上官も居なくなった今の俺に、今更君の⾯倒を⾒る義理は無い」
「……それでは、昨⽇のことは何だったのですか!嘘ですか?誤魔化しですか?」
涙⽬で訴える幸枝の⼝調は噛み付くようである。⼀⽅の正博は相変わらずの冷たい⽬で⽬前の⼩動物を⾒下している。
「あれは本⼼だが、しかし、 俺は今や不名誉な⼈間だ。 俺が君の側に居ては、 君と君の家族と会社に汚名を着せることになる。 以前のように⼒も無い。 君は俺とは関わらぬほうが賢明だ」
「……そんなの、もうどうだっていいじゃありませんか」
「君の今後に関わることだ」
幸枝は⼩さな拳を膝に擦り当てて⻭を⾷いしばっている。
「……正博さんのこれからはどうなるのですか。これからの⽣活は、お仕事は、 御家族は?……将来を案ずべきは貴⽅ではなくて?」
「俺は違う」
ますます冷徹になる正博の声に、幸枝は成す術が無くなったような気がした。最後の⼀⾔を放ってその場から遠ざかっていく正博の⽬はまるで死んだ⿂のようで、⼀筋の光も⾒えなかった。