「ああ……そうか、君か。世話になったな」
「はい」
正博はそれだけしか返事をしなかった。 社交辞令や建前もない、かつてと同じ冷淡な⼝調で⼝から⾳を出すのみである。
「では、私はこれで失礼します」
正博は幸枝の⾜元に旅⾏鞄を置くと、早々にその場を離れた。 草臥れた枯草⾊の帽⼦を⽬深に被り⾜早に歩く姿はかつて幸枝が⾃らの⼈⽣に嫌気が差して家を⾶び出した晩とよく似ていた。 唯⼀異なったのは、彼の肩が落ちていたことである。そして、幸枝は⾃ずと離れていく彼の⾏動を疑問に思い、
「正博さん!」
と彼の名を呼び、 後を追ったが、 正博は幸枝の声が聞こえていないかのように振る舞っている。
「お⽗さま、少し待っていてください」
⽗にそう告げた幸枝は、⼩⾛りで正博の後を追いかけた。 漸く正博のもとに辿り着いた時には、⾓の建物の影で、振り返った正博の表情がいやに暗く⾒えた。
「⻑……正博さん」
「何だ」
⼥を⾒下ろす彼の⽬は、いつにも増して冷徹である。
「どうして……どうして、もう、これでお別れなのですか。 先ほどはどうして、 急に⽴ち去るなんて……」
幸枝は突然の出来事と彼からの光のない視線に動揺したのと息切れでしどろもどろになりながら話す。
「俺の任務はもう終わった。今後君とは無関係の⼈間だ」
「そんな……」
肩を上下させながら声を絞り出す幸枝の⽬は疑念と落胆に満ちている。
「はい」
正博はそれだけしか返事をしなかった。 社交辞令や建前もない、かつてと同じ冷淡な⼝調で⼝から⾳を出すのみである。
「では、私はこれで失礼します」
正博は幸枝の⾜元に旅⾏鞄を置くと、早々にその場を離れた。 草臥れた枯草⾊の帽⼦を⽬深に被り⾜早に歩く姿はかつて幸枝が⾃らの⼈⽣に嫌気が差して家を⾶び出した晩とよく似ていた。 唯⼀異なったのは、彼の肩が落ちていたことである。そして、幸枝は⾃ずと離れていく彼の⾏動を疑問に思い、
「正博さん!」
と彼の名を呼び、 後を追ったが、 正博は幸枝の声が聞こえていないかのように振る舞っている。
「お⽗さま、少し待っていてください」
⽗にそう告げた幸枝は、⼩⾛りで正博の後を追いかけた。 漸く正博のもとに辿り着いた時には、⾓の建物の影で、振り返った正博の表情がいやに暗く⾒えた。
「⻑……正博さん」
「何だ」
⼥を⾒下ろす彼の⽬は、いつにも増して冷徹である。
「どうして……どうして、もう、これでお別れなのですか。 先ほどはどうして、 急に⽴ち去るなんて……」
幸枝は突然の出来事と彼からの光のない視線に動揺したのと息切れでしどろもどろになりながら話す。
「俺の任務はもう終わった。今後君とは無関係の⼈間だ」
「そんな……」
肩を上下させながら声を絞り出す幸枝の⽬は疑念と落胆に満ちている。



