⽊枯らしの季節の⾜⾳が近づく夜半(よわ)、不安に駆られ冷えた⼥の⼼は、⼀⼈の寛く強い⼼を持つ男によって温められた。互いに少し離れたかと思えば肩を抱き寄せられ⾶び込んだ胸元から、 少しばかり速い⼼⾳が聞こえて、 頭上から物憂げな声が降りかかってくる。
「すまない、そのつもりはなかったのだが」
「いいえ、いいんです……私、⻑津さんに⼼を許しているみたいなんです」
⼥は男の胸に抱かれたまま、ぽつりと呟いた。
「君は嫌じゃあないのか、 俺なんかとこんなことをして。いや、 俺に好かれて君の迷惑にはなっていないかい」
幸枝は正博の胸からパッと離れて、再び向かい合うように座った。
「どうしてそんなことを仰るんです?」
「それは」
正博は⾃らの問いかけの意味を理解していない様⼦の幸枝を⾒て動揺を覚えていたが、例によって表情にも声⾊にもその感情は現れない。
「俺が元軍⼈だからだ。 俺等のような解員兵は、 戦争に負けた途端世間から冷たい⽬を向けられ、 今や時に侮辱されながら⽣きている。 市⺠からすれば俺等は戦争に負けた直接的な原因に⾒えているのだろうし、 今となっては武器も権⼒も持たぬ⼀介の⼈間だ。 以前のように恐れることも無いのだろう」
幸枝は正博の話を聞いて、⼀気に落ち込んだような⼝調を⾒せた。
「そんな……海軍も陸軍も、軍⼈さんは皆⼀⼈⼀⼈⼒を尽くしていらっしゃったのでは……?⻑津さんもそうでしょうし、私の知⼈も……皆亡くなってしまいましたが……精⼀杯頑張っていらっしゃったというのに、世の中は何と薄情なのでしょう……お⾟いですね、⻑津さんも……」