正博は⾃らの腕の中から聞こえるか細い声に⽿を傾け、幸枝を抱えたまま頷く。
「ああ、 何度も有った。 俺の家は代々海軍の家系だが、 兄と⼆⼈の弟は戦争で死んだ。 末の弟は⽣きているのか死んでいるのかも判らず、 ⽣きているのは⽗と⺟と妹のみだが、 ⽗は戦争に負けるまでそれなりの階級を持っていたから、今後裁判に掛けられないとは断⾔出来ない。 俺とその周囲はそんな状況だ。 勿論、 家族以外に同期も次々に死んでいった。 親しい者ほど、⽣きていてほしいという希望は強く感じてしまうものだ」
幸枝の背に語り掛ける正博の表情は⼀⾒乾き切って⽬に光も無い様⼦であったが、⾃らの胸から離れた幸枝の潤んだ瞳を⾒つめるとなると、その顔⾊はいつかの恍惚としたものと似た雰囲気を纏っていた。
「少しは落ち着いたか」
正博の温かく⼤きな⼿が⼥の冷えた⼩さな頬を包み、 泣き⽌みかけた⽬から(こぼ)れる(しずく)は、男の指先を伝い乾いてゆく。
「⻑津さん……」
男の⽬には、 ⼰が名を呼ぶ⼩振りで艶やかな唇が堪らなく妖しいものに⾒えている。 潤んだ⿊い瞳の横にちょこんと付いた泣き⿊⼦は⼥の可憐さを表象する⿊真珠のようである。しおらしい⼥の姿に⾒惚れた男は⼥の顎を⽀え⾃らの顔を近づけたが、丸々とした⼤きな瞳に映った⾃らの表情を⾒てハッとした。
「すまない」
触れてはならないものに触れてしまったかのようにパッと⼥の⾝体から⼿を離した男は、後退(あとずさ)りして頭を下げた。
「いえ……」