あの日、父の背中は大きかった。

 炎のような夕陽の下、神代凛は小さな拳を握りしめていた。七歳だった。
 訓練用の木刀を両手で構えながら、汗と泥にまみれて何度も地面に倒れ込んでいた。


 「もう一度、立て」


 父の声は淡々としていた。怒りも、優しさもなかった。だが凛は知っていた。
 あれは「選ばれた者」だけに与えられる言葉だと。


 「凛、お前は“影”だ。主の命が尽きるまで、陽の下に立つことはない」


 ――神代家は、代々“護衛”を生業とする一族だ。警護専門家集団、通称「SP一族」。
 国家要人の背後を守り、時には命をかけて主を救う。それが宿命。

 凛は父に憧れた。
 銃弾を受けてなお立ち上がるその背に、あこがれ、誓った。
 「いつか自分も、誰かを護れるようになりたい」と。

 武道、戦術、語学、射撃、状況判断――子どもらしい遊びは一切なかった。
 友達はいない。笑うことも、泣くことも、忘れかけていた。

 だが、そんな彼女の人生に、ある日、任務が下される。


 「神代凛、お前に託す。護衛対象は、総理大臣の息子・天城悠翔。……任務期間は“無期限”。転入手続きを済ませた。明日から、お前も生徒だ」


 初めての“単独任務”。しかも、護衛対象は総理の息子。
 普通なら国家SPの精鋭が担う役目だ。それを“家族の縁”として任されたのだ。

 凛は問わなかった。「なぜ私が」とは。

 ただ静かに頷き、制服に袖を通した。

 女子高の教室――
 彼女の任務と、運命が交錯する場所が、そこにあった。