第9話:はじめて“ふたり”で行く場所
◇日曜の昼前。
○駅前のロータリー。

◆私服の優結が、少し緊張した様子で立っている。

◆スマホを手に、周囲をきょろきょろと見回す。

優結(モノローグ)
「久賀さんと、“ふたりきり”で出かけるのは、今日がはじめて……」
「“デート”って言えるかわからないけど、それでも……うれしい」


◇湊、やや遅れて到着。
◇グレーのTシャツに黒のシャツを羽織り、ラフな格好ながらも清潔感のある私服姿。


「待たせた。……迷った?」

優結(照れたように笑って)
「ううん。……久賀さん、私服、意外とカジュアルなんですね」

湊(少し照れくさそうに)
「実は。こういうのしか持ってないんだよね。恥ずかしいけど……普段はジャージかスーツばっかで」


○ふたりは、近くの商業施設へ。
◇本屋、文具コーナー、楽器店、カフェ……と、気ままに立ち寄る。

◆けれど会話の間には、どこかぎこちなさが残る。

優結
「あの……こうして歩くの、ちょっとだけ緊張しますね」


「……俺も」

◆ふたりで顔を見合わせて、少しだけ笑う。
◆その笑いが、空気を少し柔らかく変える。


○街なかの静かな公園に到着。
◇ベンチに座り、並んで缶コーヒーを飲むふたり。

◆沈黙。
◆でも、その沈黙がさっきよりもやさしい。

優結
「……中学生のときの夢、なんでしたか?」


「警察官。……でも運動が絶望的すぎて、あきらめた」

優結
「それでも、“困ってる人を助けたい”って思いは変わらないんですね」


「……そういう優結は?」

優結
「ヴィオラと出会っていなかったのでヴァイオリンの奏者になりたかったです。でも、途中からヴィオラの虜になっちゃって。それからプロになる自信はないけど……今は、もっと上手になって心を動かせる演奏がしたいって思ってます」

◇優結、そっと言葉を続ける。

優結
「今日、一緒に歩いてるだけで……ちゃんと幸せです」
「私、焦ってたかもしれません」
「“好き”って言ったから、すぐ答えがほしくて……でも、こうして話してると、ちゃんと待っていたいって思えるんです」


◇湊は、その言葉に少し黙ってから、ポケットから何かを取り出す。

◆それは、小さなチョコレートの包み。

湊(照れながら)
「甘いの苦手だけど、君はこういうの好きかなと思って。たまたま買ってみた」

優結(驚きつつ、笑顔)
「……ありがとうございます」
「嬉しいです、すごく」


◇公園のベンチで並んで座るふたり。
◇手と手は触れていないけれど、距離はほんの少し近くなっていた。

優結(モノローグ)
「“恋人”じゃなくてもいい」
「でも、こうして隣にいることが自然になるなら――」
「それだけで、今は十分幸せ」


◇その後、夕暮れ。
○駅までの帰り道。横断歩道の信号が青に変わる。

◆ふと、優結の手がバッグから落ちかける。

◆そのとき――

◆湊が自然に、優結の手を軽く握る。

湊(目を見ずに)
「……車、来てたから」

◆優結、何も言えずにただ、頷く。

優結(モノローグ)
「理由なんて、なんでもいい――」
「だって、今、手をつないでるから」