第6話:本当に知らないの、私の気持ち?

○昼下がりの音大。
◇弦楽器専攻の練習棟。優結はひとり、ヴィオラの音を鳴らしている。

◆けれど音は、どこか浮ついていて、集中できない。

優結(モノローグ)
「会いたい。話したい。だけど――」
「“また会っていい?”って言ってくれたのに、久賀さんからは……何も来ない」

◆スマホをチラリと見て、ため息をつく。


◇その日の夕方。
◇優結、街の文房具店で偶然、湊と再会。


「あ、西條さん。……こんなとこで何してるの?」

優結(驚きつつも笑顔)
「五線紙が切れてて、探しに来たんです」
「久賀さんは?」


「判例集に貼るインデックス買いに。地味でしょ」

優結(小さく笑って)
「……ううん、なんか、“久賀さんらしい”です」

◆しばらく立ち話のあと、ふたりで近くのカフェへ。


○カフェ店内。静かな音楽が流れる。


「ヴィオラ、調子どう?」

優結
「うーん……ちょっとだけ、スランプかも」
「気持ちが浮ついてて、音がまっすぐ飛ばない感じ」


「浮ついてる、って?」

優結(目を伏せて少し間を置いて)
「……気になる人がいて」

◆湊はコーヒーを口にしながら、何気なく聞き返す。


「そっか。そいつ、どんなヤツ?」

優結(すこしだけ意地悪に)
「……ポーカーフェイスで、何考えてるか分からないけど」
「さりげなく助けてくれる人」
「……でも、本人は自分が“特別”だってことに気づいてない」

◆湊がふと、顔を上げる。
◆一瞬だけ――何かを察したような空気が流れる。


◇けれど次の瞬間、彼は視線をそらし、冗談まじりに言う。


「そいつ、ちょっと鈍そうだな」

◆その言葉に、優結の笑顔が一瞬だけ揺れる。

優結(モノローグ)
「……やっぱり、気づいてないんだ」
「私の気持ち――全部、目の前に置いてるのに」


○帰り道。駅までの並木道。
◇ふたりは並んで歩くが、優結の足取りは少しだけ重い。

優結
「……久賀さんって、好きな人とかいないんですか?」

湊(やや間を置いて)
「……昔は“好き”とかあまり意識してなかった」
「最近、少しわかってきた気はするけど」

◆優結は、ほんの少しだけ期待してしまう。

優結
「……最近?」


「うん。なんか、誰かと会うたびに、“また話したい”って思えるようになった」

◆優結の胸が、少しだけ痛む。

優結(モノローグ)
「“誰か”って、私じゃないのかな」
「……それとも、“私”なんだって信じていいの?」


◇駅前に着き、ふたりは立ち止まる。


「今日、会えてよかった」
「……じゃ、またな」

優結(静かに)
「……うん、またね」


◇湊が駅に入っていくのを、優結はその場で見送る。

◆笑っていたはずの目が、静かに揺れている。

優結(モノローグ)
「ねえ、久賀さん……」
「本当に知らないの、私の気持ち?」
「それとも、気づいてて――知らないフリ、してるの?」