第5話:恋って、こんな風に始まるの?
◇週明けの昼休み。
○音楽大学の中庭。緑の芝生と風の匂いが気持ちいい日。
◆優結は、ヴィオラケースを抱えながらベンチに座り、手帳に何かを書いている。
優結(モノローグ)
「“覚えてて”って、言われたの――」
「なんだろう、あのときからずっと、胸がぽかぽかしてる」
◆手帳にメモされているのは、「久賀さんと話したこと」「笑ってた顔」「声が低くてやさしいこと」など。
優結(モノローグ)
「恋って……こんな風に、始まっていくのかな」
◇一方その頃、
○法学部の講義室。
◇湊は教授の話を聞き流しながら、ふとスマホの画面に視線を落とす。
◆トークアプリを開きかけて、閉じる。
◆また開いて――ようやく、一言だけ打つ。
《久賀 湊》:
【今週末、ちょっとだけ会えない?】
◆数秒後、すぐに既読がつき、返事がくる。
《西條 優結》:
「はい、空いてます(ニコちゃんマーク)」
◆湊の無表情が、少しだけ緩む。
○土曜日の午後。小さな美術館の中庭。静かで、落ち着いた雰囲気。
◆湊が待ち合わせ場所に立っていると、優結が駆け足でやってくる。
優結
「すみません、少し迷っちゃって……!」
湊
「大丈夫。俺も今来たところ」
◆ふたりで中庭を歩く。咲いているのは、ラベンダーの花。
◆香りと空気に包まれながら、穏やかな沈黙が流れる。
湊
「ここ、あまり人が来なくて静かだから……よく一人で来るんだ」
優結
「……なんだか、落ち着きますね」
「音楽がなくても、心が静かになる感じ……」
◆湊は、そんな優結の言葉に頷く。
湊
「“音楽がないのに、心が静かになる”……それ、いい表現だな」
優結(はにかんで)
「ほめられると、ちょっと照れます」
◇ふと、湊が立ち止まり、優結を振り返る。
湊
「この前、“ヴィオラやっててよかった”って思った」
「君が話してくれたから……自分の記憶の断片が、ちゃんと意味を持てた気がして」
優結
「……そんなふうに、言ってもらえるなんて……うれしいです」
湊(ややゆっくりと)
「……君と出会えてよかった、って思ってる」
◆優結の心臓が跳ねる音が、自分にだけ聴こえた気がした。
優結(モノローグ)
「こんな言葉、ドラマでしか聞いたことなかった」
「でも、今――私だけに言ってくれてるって、ちゃんとわかる」
○帰り道。駅までの道を並んで歩くふたり。
◇少しだけ、腕が触れそうな距離。
優結
「……久賀さんって、昔からそんなに優しかったんですか?」
湊
「ん……どうだろ。俺、基本的に不器用だよ」
「でも、“困ってる人がいたら、無視できない”ってだけ」
優結
「その“不器用な優しさ”、すごく素敵だと思います」
◆ふいに湊が足を止め、少し照れたように顔をそらす。
湊
「……照れる」
優結(クスッと笑って)
「ごめんなさい」
○電車が近づいてくるホーム。
◇あと1分ほどで発車。けれど、ふたりともなかなか言葉を切り出せない。
◆電車の風が吹き始めたとき、湊が口を開く。
湊
「……また、会ってもいい?」
優結(すぐに笑顔で)
「……はい。また、会いたいです」
◇電車のドアが開き、ふたりはそれぞれ反対方向の車両へ。
◇ホームに残された余韻と、少し名残惜しい風。
優結(モノローグ)
「“好き”って、こうやって始まっていくんだ」
「ただ会って、話して、もっと知りたくなる――」
「その全部が、愛しく感じるなんて」



