その日の最後の取組が終わる頃——神崎清隆が土俵脇の控え席から、ふたりの席を一度だけ見やった。 その目は厳しくも、どこか満足げで。 「……やれやれ、もう少しで“嫁に取られる”ってとこだな、圭吾」 そんな独り言は、誰にも届かない。 ただ、静かに紡がれる髷と恋の物語が、今日もそっと続いていく。 巡業を終えた日の夕暮れ。 神崎と澪は、駅からほど近いビジネスホテルのツインルームにチェックインした。 とはいえ、部屋に入った瞬間、澪はソワソワしっぱなしだった。