「“俺は兄貴みたいにはなれない”って、勝手に思い込んで辞めちまった」
「……」
「職人の世界なんて、親がやってるから続けられるもんじゃない。本人が好きじゃなきゃ、無理だ。だけど——あいつが背を向けて、ここから離れたとき、俺はちょっと……寂しかったよ」
「……それは、……神崎さんには伝えてるんですか?」
「……いや」
「……っ」
「でも、あいつが自分で“相撲が好きだ”って誰かに言えるようになったなら——俺は、もう、それで充分だと思ってる」
兄の横顔に、一瞬だけ揺れるような笑みが浮かんだ。
それは、澪が今まで見たことのない、兄弟だけにしかわからない絆のような表情だった。



