春は、香りとともに。




「惟道さん……」


ゆっくりと、ふたりの距離が縮まる。
指先が触れ、頬が寄る。
小さな吐息の中、唇がふれ合った。

それはかつての夜のような熱ではなく、
どこまでもやさしくて、あたたかくて――


「春ですね」
「そうだな。……君が、私に春を連れてきてくれた」


そっと彼女の腹に手を添える惟道の手は、少しだけ震えていた。
それを見て、志野子はくすりと笑う。


「……惟道さん、緊張してます?」

「君よりもだいぶ年上だが……これは、はじめてのことだからな」

「大丈夫です。私がそばにいますから」

そうしてふたりは縁側に並んで座り、咲き始めた春の庭を、ただ静かに見つめていた。

──春明りの中で、ふたりの未来が、そっと灯るように。