どこかで聞いたような、けれど長い間忘れていた声が耳に届く。
志野子が振り返ると、そこにはすらりとした長身の青年が立っていた。濃紺のスーツを洒脱に着こなし、手には手袋と新聞。
「……芦屋、さま?」
「やっぱり。志野子さまに間違いない。……これはこれは、奇遇というにも程がありますね」
懐かしい面差し。
彼――芦屋公成(あしや・きみなり)は、かつての伯爵家の次男であり、志野子とは華族の集まりや舞踏会で何度も顔を合わせていた。
女学校時代には一時期、志野子に想いを寄せていたとも噂された相手である。
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