「静かに! 落ち着いて!」

 教師の叫びは震えていた。普段の威厳(いげん)など、どこにもない。

 だが、ユウキだけが違った。

 机を蹴って立ち上がり、窓へと駆け寄る。心臓が早鐘を打ち、全身の血が沸き立っていく――――。

 そして、見た。

 東京湾に聳える超高層ビル群。その中心、オムニスタワーから漆黒(しっこく)のキノコ雲が立ち昇っていた。

 黒い塊が天を衝き、青空を侵食していく。まるで世界の終わりを告げるような光景。秩序の象徴たるオムニスの牙城が、炎に包まれている。

(リベルだ!)

 魂が叫んでいた。

 何重もの防御システムに守られた鉄壁の要塞。世界最高の技術の結晶。それに攻撃できる存在など、一人しかいない。

 彼女がついに動いた――――。

 一週間の灰色が一瞬で吹き飛び、熱い想いが全身を駆け巡る。

 ユウキは居ても立っても居られなくなり教室を飛び出した。

 廊下の窓枠に飛び乗り、雨どいに手をかける。普段なら考えられない無謀な行動。だが今は、体が勝手に動いていた。

「ふぅ、怖い怖い!」

 言葉とは裏腹に、唇には笑みが浮かぶ。猿のように器用に雨どいを登りながら、久しぶりに感じる生の実感に酔いしれていた。

 屋上に辿り着き、フェンスに張り付き目を凝らす――――。

 いた!

 青い光が、まるで流星のように飛び回っている。その周囲を、無数の赤い光が取り囲んでいた。オムニスの殲滅用(せんめつよう)アンドロイド部隊。赤い悪魔たちが、天使を狩ろうとしている。

 空中戦は、残酷なまでに美しかった。

 青い光が描く軌跡は、夜空に咲く花火のよう。だがそれは死の舞踏であり、一つ一つの閃光が、破壊と殺戮を意味していた。

 赤い光が次々と黒煙を上げて墜ちていく。だが数の差は歴然。三十対一、いや、それ以上か。

「が、頑張れ!」

 ユウキは拳を振り上げる。声など届かないが、それでも叫ばずにはいられなかった。

「リベルぅ……!」

 彼女は電光石火(でんこうせっか)の動きで敵を翻弄していた。一撃離脱を繰り返しながら、少しずつこちらへ近づいてくる。黒いキノコ雲を背に、青い光が美しい螺旋(らせん)を描いていく。

 やがて、姿が見えてきた。

 風に舞う青い髪。宝石のような碧眼。美しく、強く、孤独な戦士――――。

「リベルぅ! 頑張って!」

 声が裂けた。

 何の力にもなれない。だが伝えたかった。世界中が敵でも、ここに一人、君の味方がいると。君は独りじゃないと――――。

 赤い敵の数が、見る見る減っていく。残りわずか数機。勝利は目前だった。

「よしっ! もう少し!!」

 その時――天が裂けた。

「へ?」

 突如として、黄金色の光が天空から降り注いだ。

 それは太陽が落ちてきたかのような、圧倒的な輝き。目を開けていられないほどの眩い光が、世界を白く塗りつぶしていく。

 神の裁き――――。

 その言葉が、ユウキの脳裏を過った。

 刹那、光は一本の槍となって、空を切り裂いた。雷鳴のような轟音と共に、破壊の意志が地上へと降り注ぐ――――。

 ズゥゥゥン!

 大地が揺れ、衝撃波が大気を震わせた。

 リベルも、赤いアンドロイドも、すべてが爆発に呑み込まれ、爆煙が天高く舞い上がる。

「はぁっ!?」

 ユウキの口が、愚かに開いた。

 理解が追いつかない。認めたくない。だが現実は残酷に、すべてを煙の中に消し去っていた。

 青い輝きが――――消えた。

「う、うそ……だろ……?」

 膝から力が抜ける。フェンスにすがりつきながら、震える声で呟いた。

 衛星兵器。

 オムニスの最終兵器。宇宙から放たれた、神の雷。それが味方もろとも、すべてを焼き尽くしたのだ。

 希望が、また奪われた。

 たった今蘇ったばかりの光が、再び闇に呑まれていく。世界が色を失い、灰色に沈んでいった。