──それは終わりではなく、“はじまり”の鐘




 戴冠式から一週間。
 王都はまだ熱狂の余韻に包まれていた。
 新王カイルと新王妃リシェルの“本物の愛”がもたらした新時代は、
 王宮だけでなく、民衆の心にも静かに火を灯していた。

 

 「ようやく……ようやく、“終わった”んだね」

 

 窓辺の陽光の中、リシェルはカイルの隣で静かに呟いた。
 王妃としての初の公務を終えたばかりの午後、
 王宮の高台から見下ろす王都の街並みは、どこか穏やかだった。

 

「いいや。始まったんだよ、これからが──」

「……ふふ、そうか。あなたらしい」

 

 王と王妃になったからといって、すぐにすべてが理想通りにはならない。
 未だ王家には古い制度も残り、貴族たちの間でも不満はくすぶっている。
 それでもふたりは、恐れず、立ち止まらず、進んでいく。

 

 「ねえ、カイル。覚えてる?」

「何を?」

「昔……私が小さかったころ。
 あなただって気づいてなかったと思うけど……」

 

 ふと、リシェルが懐かしそうに微笑んだ。
 小さな手が、カイルの指を取る。

 

「小さい頃、あなたが一度だけ、私を助けてくれたの。
 花摘みの帰り道、丘で転んだ私に、そっと手を差し伸べてくれた少年がいた。
 ……あれ、あなたでしょ?」

「……そうだったのか。いや、確かに……見覚えがある。
 あの時、泣きそうな女の子が、ひどく綺麗な目をしていて……」

「それが私。王子様に手を引かれて、立ち上がった。
 あの時のぬくもり、今も忘れてない」

 

 それは、ずっと昔の小さな奇跡。
 けれど、ふたりの“出会い”は、実は運命よりも前に始まっていたのだ。

 

「君は昔から、俺の“光”だったんだな」

 

 カイルが、そっと額をリシェルに重ねた。
 ただそばにあるだけで心がほどけるような、
 そんな確かな温もりが、ふたりの間にはあった。