「どうした。そんな顔をして」

「私……怖いの」

「何が?」

「“本物の婚約者”になるのが。
 ……このまま、あの頃のように一人に戻る方が、よほど楽だと思ってしまうの」

 

 それは、偽らざる心だった。
 “契約”という言い訳があったからこそ、
 彼に甘えられたし、守られることも受け入れられた。

 けれど、“本物”になった瞬間、それはすべて自分の意志と責任になる。

 裏切られたらどうする?
 彼の愛が、いつか醒めたらどうする?
 信じたことで、失うことがあったら──

 

「怖いのは当然だ」

 

 カイルの声が、静かにリシェルの心に触れる。

 

「俺だって、怖い。
 君が俺の隣に立たなくなるかもしれないと思うと、夜も眠れないほどに」

 

 リシェルは、はっとして彼を見上げた。
 彼の瞳は、嘘をつけない真剣さを宿していた。

 

「だからこそ、伝えたい。
 “契約”を超えて、俺は君を選びたい。
 ──本物の婚約者として」

 

 そう言って、カイルは小さな箱を差し出した。

 中にあったのは、赤い宝石のついた指輪。
 かつて、リシェルが“組紐”で作っていた“夢の指輪”にそっくりだった。

 

「どうして、これを……?」

「ずっと前、君が落とした紙切れに描かれていた。
 “いつか、本物の婚約者に贈ってほしい指輪”って。……あれは、君だろ?」