「……あなたは、私のことを“助けた”と言った。
 でも私は、あなたに何も返せていないわ」

 

 その呟きに、カイルは微かに笑った。

 

「返せばいい。これから、ゆっくりと」
「……契約は、“やがて終わる”かもしれない」
「けれど俺は──もう、君を“道具”にはしたくない」

 

 リシェルは目を見開いた。

 “契約”のはずだった。
 “利益”のための関係だった。
 けれど、今ここにあるのは──

 

「……本当に、変わったのね。あなたも、私も」

「そうだな。……でも、君の真紅のドレスを見たとき、思ったんだ」

「え?」

「この人を、失いたくないって」

 

 リシェルの胸に、確かな鼓動が生まれた。
 これは恋ではない。まだそこまで言えるほどの甘さも、熱もない。
 けれど──それは確かに、“心の灯”だった。

 

 (私は……この人の隣に、もう少し……いてもいいのかしら)




 その夜。
 リシェルは離宮の寝室の窓辺で、月を見つめていた。

 瞼を閉じると、再びあの夏の日が浮かぶ。

 庭園の少年。
 光に染まる花。
 そして、今は隣にいる、“氷の王子”。

 

「……ありがとう、カイル」

 

 そう呟いた声は、夜の静寂に、優しく溶けていった。