「……いつからそんな表情を覚えた?」

 

 静かに背後から声がした。
 振り向けば、カイル・ヴァレンティウスが立っていた。
 白いシャツに軽い外套だけというラフな姿で、それでも威厳は隠しきれない。

 

「まるで、すべてを達観した“悲劇の王妃”のようだった」

「そう見えたなら、それは“演出”ですわ」

「嘘が上手いな。……でも、俺にはわかる。あれは本心だ」

 

 リシェルはわずかに驚いた。
 この男は、常に冷静で、感情を交えぬ者だと思っていた。
 けれど、目の前にいる彼は──まるで心の内を見透かす鏡のようだった。

 

「どうして……そこまで私に関心を?」

 

 その問いに、カイルは答えなかった。
 ただ、彼女の隣に腰掛け、カップを手にした。

 そして、言葉を選ぶように、ぽつりと呟いた。

 

「子供の頃──母に捨てられた後、俺はしばらく誰とも話さなかった」
「西塔の庭で、ただ花を見て過ごしていた。
 誰も来ないその場所で、……“赤い髪の少女”が話しかけてきた」

 

 リシェルの手が、わずかに止まる。

 

「君は、その時の面影に……よく似ている」

「“リ”のつく名を名乗った?」

 

 彼が言葉を止める。
 リシェルの中にも、ひとつの光景がよみがえっていた。