──契約の境界が、少しずつ、静かに溶けていく






 仮面舞踏会の夜に起きた襲撃事件から三日。
 リシェルは王宮の西の離宮で静養していた。
 「一時的に社交の場から姿を消す」──それは、セシリア側の策を封じる意味もある。

 リシェルが襲われた事実は公表されていない。
 けれど、舞踏会の場で第二王子が彼女をかばった光景は、
 今や貴族たちの間で「美談」として広まり始めていた。

 事実、彼の腕の傷はいまだに包帯が巻かれており、
 それを知った貴婦人たちは「まぁ、勇敢な方……」とうっとりしているのだとか。

 

 「皮肉ね。私、また“物語の中の女”にされてる」

 

 リシェルは大理石のテラスで紅茶を手にしながら、小さく吐息をもらす。
 彼女の背後には、風でそよぐ花々と、真っ直ぐに差し込む夏の光。
 その姿は、まるで肖像画のようだった。