──死に戻った悪役令嬢、運命を変える契約




 「──ああ、またこの天井……」

 目を覚ました瞬間、リシェル・エレノア・ディアノルトは思わずそう呟いた。
 木製の天蓋に刻まれた蔦模様。薄桃色のレースが揺れる、少女趣味のベッド。
 何度も、何度も夢で見た光景だった。けれど今度こそ、これは現実だった。

 胸に残るのは、焼けつくような痛み。喉元にはかすかな痺れ。
 そして、死ぬ間際の記憶。

 

「ごめんなさいね、姉様。だって、王太子殿下が欲しかったのは私だったの」
「あなたさえいなければ、私が“主役”になれるもの」
「せいぜい夢でも見て、ゆっくりお眠りなさい」

 

 満面の笑みで毒を盛ったのは、最愛の父の“もう一人の娘”──セシリアだった。
 リシェルは自分が死んだのだと確かに理解した。
 息もできず、目も開かず、涙すら流せなかった。
 けれど、目を覚ました今、日付は──

 

「婚約発表の一週間前……?」

 

 唇が震える。
 次第にそれは、喜びとも恐怖ともつかない感情に変わり、全身を支配した。
 死ぬはずだった未来が消えた。チャンスが、与えられた。

 

「やり直せる……。何もかも。今度こそ」

 

 リシェルは拳を握る。
 この手で奪われた未来を取り戻す。誰にも媚びず、誰にも踏みつけられずに──。

 だが、彼女には“味方”がいなかった。
 伯爵家はもう実質的に継母に牛耳られ、父はそれを黙認していた。
 異母妹のセシリアは“天使のような美少女”として社交界でもてはやされ、
 リシェルは「冷酷で高慢な悪役令嬢」として、誰からも恐れられている。

 

 それでも、手を組める相手がひとりだけいた。

 

「第二王子殿下……カイル・ヴァレンティウス」
 
 前世では決して交わることのなかった男。
 第一王子に敗れ、誰にも顧みられず王宮の片隅で黙していた“氷の王子”。

 だが、リシェルは知っている。
 彼は冷酷ではない。ただ、人を信じることに臆病だっただけだ。

 そしてなにより──
 彼なら、セシリアたちの思い通りにはならない。

 

「婚約を申し込みましょう。“契約”としての」