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家族の説得も終えて、迎えた出発の日。
僕が魔法陣の上に乗ろうとした時に、王女に呼び止められた。
普段、魔法は呪文詠唱だけど、今回は大掛かりなものだから魔法陣も使うのだ。
「これ、魔力を少しだけ増強するクッキーですの」
「ありがとう。…うん、美味しい」
王女に微笑みかけて、今度こそ魔法陣の上に立つ。
僕を引き留めるかのように、弟が口を開いた。
「この魔法陣は、兄上の魔力を使い果たす規模のものです。最悪の場合生命力まで使ってしまうかもしれない。転移できても、彼女とやらには会えずに死ぬ可能性だってある。──それでも、本当に行くのですか」
……全て初耳だ。ただ、今さら引き下がる訳がない。僕の魔力だけでは足りないのなら、命を維持するための生命力を使ったっていい。それでも僕は、咲凜に会いたい。
覚悟を決めた僕は、|名前も知らない弟|に向かって微笑みかけた。
「うん。僕は本気だよ。それと、いつもの王子モードより今の方が人間っぽくて僕は好きだな」
「…っはい」
僕のことを心配してくれた弟も、きっとすぐに人間らしい感情を全て手に入れるのだろう。
この世界や僕を変えたのが、咲凜だと言う事実にどうしようもなく嬉しくなる。
「王子様じゃなくても、君を好きになってくれる人はいるからね」
王子様だった頃の僕を好きになってくれた咲凜は、今の全てを捨ててきた僕を見たらどんな表情をするのか。
叶うことなら、あの幸せそうに驚く顔が見たい。
そんな期待を胸に、僕はそっと目を閉じた。



