いつか「ほんと」になれたら

 何もない、退屈な土曜日の朝。共働きの両親はもちろん居らず、静寂に包まれた家の中は気味が悪く感じてしまう。

 気分晴らしにリビングでコーヒーを飲んでいると、俺の向かい側の椅子に咲凜が座ってきた。  
 お茶会でもするつもりだろうか。

「燐人くん」
「何の用?」
「えーっと、特には用事はないんだけど、なんとなくお話したいなぁって」

 長い髪を揺らして咲凜が微笑むだけで、俺の気分も明るくなる。手元のコーヒーも、先ほどよりもずっと美味しく感じる。
 これだけ幸せにして貰っているのに、咲凜に何も返せない俺は正しく罰当たりだと思う。

 
「……ふーん」
 
 
 出来るだけ平常運転を意識して返事をしたけれど、なんとなく話したかっただけ、なんて言われて嬉しくない訳がない。
 口角は上がっていないだろうか。声に喜びが滲み出ていたりしないだろうか。
 
 咲凜のことだから、花の開くような目一杯の笑みもきらきらと期待に満ちた瞳も、どれもこれも無意識なんだと思う。本当にタチが悪い。 
 
 
「駄目、かな?」
「好きにすれば」
「やった! ありがとう」

 俺がそう言われたら断れないことも、分かっているくせに。
 結局、捨てられた子犬のような目で見つめてくる咲凜を、冷たくあしらうことも出来なかった。

 実質的に、俺からお茶会の権利をもぎ取った咲凜はご機嫌で、自分のカップにコーヒーを注ぎ始めた。でも、確か、いや間違いなく咲凜は生粋の甘党だったはずなんだけどな。


 抹茶も苦手っぽかったし、コーヒーは確実に嫌いだと思うんだけど。


「咲凜って、コーヒー好きだったっけ?」
「飲んだことはほとんどないけど、そんなに好きじゃないと思う」

 やっぱり。
 
「好きじゃないなら、飲まなければいいじゃん」
「だって燐人くんが美味しそうに飲むんだもん」
「……何それ」

 俺とは真反対な性格の咲凜。興味さえ持てば身ひとつで飛び込んでいく彼女の姿は眩しい。一緒にいると調子は狂うし、ひとりで過ごす数倍は毎日が騒がしい。

 
 なのに、それすら咲凜となら悪くないと思えてしまう。
 

 だからこそ俺は、咲凜と距離を取るんだ。