いつか「ほんと」になれたら

 彼と出会ってから、1か月。

「みて、おかあさん!」

 そんな母に対する呼びかけも、いつしか王子様への呼びかけに変わっていった。
 お母さんのことはもちろん大好きだけど、いつも忙しいそうだったし。



「おうじさま! おままごとしよ!」
 

 絵本を持ち上げて、声高々にそう宣言する。
 
 もちろん返事は返ってこなかったけど、それでいい。


 わたしの独りよがりで、一方的な思い出でも、彼の記憶には残る気がしたから。


 絵本に自我があるように感じるって言うと、ほとんどの人はわたしを疑ってくる。
 
 ついでに、子供っぽい幻想だと馬鹿にしてくる。
 本当に余計なひとことだ。
 
 でも、何度笑われたってわたしには、絵本のはずの彼が生きているようにしか思えなかったんだ。



「おままごと、えみりはおかあさんで、おうじさまはおとうさんね」


 これまで、わたしのおままごとに“おとうさん”という役は存在しなかった。
 
 何回も言ってるかもしれないが、うちはひとり親家庭。この時はまだ、父親…というものが、よく分かっていなかったのだ。

 
 それでも、王子様への配役は“おとうさん”がいいと思った。

 父親を知らなかったわたしが用意した、王子様のためだけの特別な役。
 

「おうじさま、おかえりなさい!……うーん、なんかおかしいな…」 


 そもそもお父さんって何する人だっけ?わたしのセリフはお帰りなさいで合ってる?