いつか「ほんと」になれたら

 僕は咲凜に忘れ去られたんじゃないか。最近、よくそんなことを考えてしまう。


 咲凜はそんな人じゃないことはもちろん知っている。寧ろ、それは僕が1番分かっていることだ。
 本人曰く、記憶力はあまり良い方ではないらしい。でも、咲凜は僕とした会話はほとんど覚えている。だから、咲凜に忘れられる日は来ない。自惚れかもしれないけど、これは割と事実だと思う。


 でも。でも、ここ数週間、咲凜の頭の中を占めるのはあの兄──燐人だ。


 僕が知る限りの、決して多いとは言えない燐人の情報を思い出す。

 泣いていた咲凜を救い出した、小さいけど頼もしい背中。あの時咲凜に守られていた僕は、燐人が羨ましくて仕方なかった。
 
 そして彼は咲凜にとってもいい話し相手だったようで、僕と毎日会っていた頃も、週に1回は必ず名前が挙がっていたはずだ。
 
 
「はぁー。今日も燐人くん、冷たかったな」 
 
 ほら、こういう風に。

 明日はどう話しかければいいかな、なんて呟きながら思考を巡らせている咲凜は、机の上にいる僕の絵本には気づきさえしない。