いつか「ほんと」になれたら

 その日の夜、僕は信じられない光景を目の当たりにした。咲凜が、あれだけ焦がれた愛しい少女が、あろうことか僕の膝で眠っている。

 光を反射して赤茶に輝く柔らかな髪も、閉じられた長いまつ毛も、レースやリボンのついた服も、全てが絵本の向こうにいた咲凜だ。


 僕は、吸い寄せられるように咲凜の頬にそっと唇を寄せた。

「……可愛い」

 
 思わずそう呟いてから、慌てて口元を押さえる。

 
 何してるんだ、僕。

 咲凜も寝ている間に頬といえどキスされていたと知ったら、嫌がるかもしれないのに。というか、拒否されるのが普通だろう。


 こんな形で嫌われたくない。
 
 それでも湧き出てくる邪念を振り払うように、咲凜の肩をそっと揺らす。

 
「咲凜、咲凜」
「…だ、れ?」

 ぱちり、と眠そうな瞳と目が合う。黒曜石の黒の奥に、僕は満点の星空を見た気がした。
 モノクロのような僕の世界も、咲凜がいればそれだけで彩られていく。

 僕だと気づいて欲しくて、出会った日みたいに驚いた顔が見たくて、彼女のくれた名前で笑いかける。


「僕だよ、エリックだよ」