いつか「ほんと」になれたら

「…遅くなってごめん」
「りんと、くん?」
「早く逃げよう。俺の手、離さないでね」

 
 響いた救世主(ヒーロー)の声は、僕じゃなくて。
 咲凜が安心したように笑顔を見せるのも、その手が助けを求めるのも、全部僕じゃなくて。
 
 当然のことだ。
 自分は庇われるだけでいいんだと甘えていたのも、僕自身だ。


 もしかしたら、何か出来たかもしれないのに。
 必死に頭を働かせたら、この手は届いたかもしれないのに。


 
「あのさ、咲凜」
「うん」
「俺は絵本の王子様を好きでいていいと思う」
「ありがとう…」

 そうやって、咲凜を安心させるのも僕が良かった。
 咲凜の欲しい言葉を贈るのも僕が良かった。

 
 僕が、僕が僕が僕がぼくがぼくがぼくがぼくが


 今の咲凜が僕のことを好いていてくれたとしても、僕がその心に寄り添うことが出来なければ、咲凜の気持ちは次第に離れていくだろう。


 僕に背を向けて、他の人と並んで遠ざかっていく咲凜。必死に手を伸ばしたところで、実在しないこの手が彼女に触れることは叶わない。どれだけ叫んでも、声も届かない。

 それはきっと、絵本の王子様だから、僕はこの世界に存在しないから。
 
 浮かんだ映像を、急いで頭の中から追い払う。
 嫌だ。いやだ。いやだ。いやだ…。

 子供じみた拒否の言葉が、僕を埋め尽くして息ができない。
 
 咲凜が幸せなら、僕は外野でいい。少し遠くから、見守る存在でありたい。
 これまでは本気でそう思っていた。
 

 でも、今は咲凜を幸せにするのは、僕がいいと思ってしまう。
 外野なんかじゃなくて、隣がいい。咲凜の1番近くがいい。

 
「いいえ。誰に何を言われても、咲凜は俺の大事な妹だよ。あ、まぁこれからなる予定なんだけど」
「わたしも!」
 

 咲凜に、会いたい。話してみたい。
 せめて、夢の中でもいいから。


 自分の体から魔力が少しずつ零れていくことに、この時の僕は気がつかなかった。