「おうじさま、おかえりなさい!」
『ただいま、咲凜。迎えに来てくれてありがとう』
僕も心の中で一緒に演じてみたが、咲凜はすぐに首を傾げた。
「……うーん、なんかおかしいな…」
何がおかしいんだろう。
“お母さん”は“お父さん”を迎えに来ないのかな?
いや、僕のセリフ…は咲凜には聞こえてないはずだもんね。
さっきの咲凜の言葉も、別に変なところなんてなかったように感じたんだけどな。
てっきり“お父さん”って家に帰ってくるものだと思ってたけど、その前提が違うとか?
それとも、「おかえりなさい」じゃなくて、もっとかしこまった言い方をする?
うーん、全部違う気がする。
結論を出せなかった僕とは裏腹に、咲凜は何かに気づいたみたいだった。
「よし! えみりが、おなまえつけてあげる!」
…あ、名前か。
僕は、王子様ではあるけれど、それは僕個人の名前ではない。
絵本の中は、僕もみんなも名前なんてなかった。
そして、誰もそれを不思議だと思わなかった世界だった。だから、僕も違和感すら抱かなかった。……いや、抱けなかったと言った方が正しいのか。



