いつか「ほんと」になれたら

 咲凜と出会ってから、1か月が過ぎたある日のことだ。
 
「おうじさま! おままごとしよ!」

 僕こと絵本を持ち上げて、咲凜はそう微笑んだ。
 今日も、きらきらと希望に満ち溢れる彼女は眩しい。

 それにしても、おままごとって何だろう…。

 絵本の中の世界では王子である僕は、やはり世間の常識に疎い部分がある。
 自分でもお城を抜け出して、庶民の暮らしを学んでみたことはあるが、細かいところまでは分からなかった。


 咲凜からのおままごとの誘いに返事がしたくて仕方ない。

 でも、僕が声に出して喋ることが出来ないのは、もはや暗黙の了解。

 
 それは、さすがの咲凜も分かっていたようで、彼女は大して気にするでもなく続ける。

 ……ちょっとだけ気にして欲しかったかも、なんて。

 
「おままごと、えみりはおかあさんで、おうじさまはおとうさんね」
『分かった』

 咲凜には絶対に届かないけど、心の中で精一杯の返事をした。
 
 それにしても、僕が父親で咲凜が母親ってことは、おままごとというのは家族ごっこみたいなものなのかも知れない。


 感情を伴わない絵本の世界で、王族という環境もあって家族からの愛情を知らずに育った僕。
 そして、ひとり親の家庭で、父親を知らずに育った咲凜。


 僕たちは足りない者同士。
 そんな2人の、想像だけで繰り広げる、偽物の家族ごっこ。なんだか笑えてしまう。