【1】それは、文化祭準備日から始まった。
中学の秋は、文化祭の季節だ。
教室の黒板に貼られた「出し物アイデア募集用紙」には、既に色とりどりのポストイットが貼られていた。
「やっぱ“謎解き脱出ゲーム”が人気みたいだねー!」
「理央くんのクラスがやるなら、絶対クオリティやばいよ〜!」
わたし――蒼井ひよりは、そういう盛り上がりを少し距離を置いて見ていた。
自分のクラスの出し物は「謎解き喫茶」に決まっていたけれど、なぜかその“中身”に不穏な空気が漂いはじめていた。
【2】脅迫状、現る。
事件が起きたのは、放課後の教室。
掲示板の裏に、折りたたまれた茶封筒が貼られていた。
そこには、クラス名も誰宛てもなく――ただ一言、
【文化祭を中止しなければ、あの密室で事件が起きる】
しかも差出人は匿名。筆跡も不明。
だが、校内で“密室”といえば、旧校舎の演劇準備室。過去に使われた舞台道具や、事故の噂もある曰くつきの場所だった。
「これは――予告状……?」
そう呟いたひよりの耳元で、ふいに声がした。
「まるで、君を待ってたみたいだね」
そこには、綾瀬理央が立っていた。
【3】疑惑は、理央に向けられる。
数日後、校内に噂が広まった。
「文化祭を壊そうとしているのは、理央なんじゃないか」と。
――学園のハッカーで、情報収集の鬼で、感情の読めない天才。
噂は、すぐに憶測に変わった。
「理央って、ほら……人間味ないし、やりかねないっていうか……」
「えっ、やっぱり? 最近の言動、ちょっと怪しかったよね」
ひよりは、机の下で拳をぎゅっと握った。
――違う。理央くんがそんなことするわけない。誰よりも、真っ直ぐな人なのに。
【4】“もうひとつの事件”の予感
その夜。
ひよりのスマホに、一通のメッセージが届いた。
⸻
【From:unknown】
「理央を信じてるなら、明日18時に旧校舎の中庭へ」
⸻
そこには、名前も署名もなかった。
でも、不思議と心はざわつかなかった。
(これは、行くべきだ――)
夜の旧校舎。
彼女を待っていたのは、誰なのか。
そして、文化祭に仕掛けられた真の“謎”とは――
【5】暗がりの中庭と、影の声
午後6時。
旧校舎の中庭は、すでに日が落ちて薄闇に包まれていた。
風が吹くたび、落ち葉がかさりと音を立てる。
ひよりは、封筒を片手に握りしめていた。
「……来てくれたんだね」
声がした。
校舎の裏手、フェンスの影から、小柄な人影が現れた。
顔はフードで隠れていたが、声ははっきりしていた。
それは――女の子の声だった。
【6】“彼は知りすぎた”
「あなた、綾瀬理央と親しいよね」
「……ええ。わたしの、相棒だから」
ひよりが静かに言うと、影は少しだけ黙った。
やがて、ぽつりと口を開いた。
「彼、密室事件の鍵に気づいてる。だから、消そうとしてる人たちがいる」
「誰が……?」
「言えない。でも、もし文化祭が予定通り行われたら、誰かが“罰を受ける”。その対象は――」
そこで声が震えた。
「――あたしじゃない。あなたよ、蒼井ひより」
【7】記憶の糸をたどって
影が去った後、ひよりはその場に立ち尽くしていた。
(わたしが狙われる? なぜ……)
その瞬間、ひよりの“能力”が反応した。
風が吹いた一瞬、影の少女が残した足跡。
フードの端に刺繍されていた、小さな桜の校章。
そして、彼女が手にしていたキーホルダー――
(あれは……!)
記憶の中から、**図書委員会の棚卸しの日に出会った“1年生の女子”**の姿が蘇る。
話しかけてきた声、持ち物、癖。
(……あの子が、犯人? でも、なぜ……?)
【8】理央と再びつながる夜
その夜、ひよりは理央に電話をかけた。
「ごめん……わたし、あなたのこと、信じてる。でも、少し怖い」
沈黙のあと、理央は穏やかに答えた。
「ありがとう。信じてくれるなら、僕は“守る”って約束するよ。何があっても、君の味方でいる」
(この人の言葉って、いつも静かなのに、まっすぐで、胸に刺さる)
ひよりの中で、何かがほどけていくような感覚があった。
ただの相棒じゃない。
――もう、誰よりも大切な存在になりかけている。
【9】文化祭、はじまる。
文化祭当日。
校内は生徒や来場者でごった返していた。
出し物の張り紙、にぎやかな音楽、甘い香り――まるで事件の影なんて存在しないかのような、明るさ。
「ねえ、ひよりちゃん! 私たちのクラス、もう満員だよ!」
「すごいね~、大成功だよね!」
そんな声を受けながら、ひよりは笑顔で応対しつつ、心の奥で別の感情を押し込んでいた。
(今日、事件が起きる――。でも、“何が起きる”かは、まだ分からない)
だけど、確信していた。
このままじゃ終わらない、と。
【10】仕組まれた“密室”
午後、ひよりは理央と合流して、旧校舎の演劇準備室へ向かった。
「この部屋が“密室”として使われるなら、鍵の構造と出入りの経路がカギになる。今日のうちにチェックしておこう」
理央は手際よく、扉の隙間、通気孔、照明スイッチに至るまで確認を進めた。
「ここは、外から鍵をかけられる構造だ。でも、内側から開けるには――コインが必要だね」
「……誰かを閉じ込めるには、ぴったりの場所ってこと?」
理央は、ひよりを見た。
「君を閉じ込めるには、ね」
【11】予告通りの事件
午後三時。
ひよりが喫茶ブースの控室に戻ったその直後だった。
――校内放送が、突然ノイズ混じりに鳴った。
《……クラス2-B所属、蒼井ひよりさん。
文化祭の“最後の謎”を、旧校舎にて解いてください――》
生徒たちがざわめき、放送室へ職員が駆け込む。
でも、既に“仕掛け”は動き出していた。
「やっぱり来た……!」
ひよりは理央に連絡を取ろうとスマホを取り出すが、圏外。
見れば、校内のあちこちでスマホの電波が消えていた。
(まさか、これも理央くんの技術を“誰か”が模倣した――!?)
【12】閉じ込められたのは…
走って旧校舎へと向かったひより。
しかし、階段を上がった先、演劇準備室のドアを開けた瞬間――
背後でガチャリと鍵の閉まる音がした。
「えっ……!?」
振り向くも、誰もいない。
だが、床には1枚の紙が落ちていた。
【これは、“記憶探偵”への挑戦状。
10分以内にここを出られなければ、“彼”の正体が暴かれる】
「彼って、まさか――理央くん……!?」
密室のなか、ひよりは手の震えを止めながら、
小さく深呼吸をして呟いた。
「落ち着いて……わたしは、“全部、覚えてる”。
この部屋の中に、出口はある」
【13】密室の謎解き
冷たい汗が額を伝う中、ひよりは室内を冷静に観察した。
壁にかかった古い時計の針は止まっている。
床に散らばる紙切れや、机の引き出し、窓の構造――すべてが謎を解く手がかりになる。
「瞬間記憶……今こそ力を貸して!」
彼女は過去に見た資料や校舎の間取りを思い出しながら、迅速に動く。
そして、壁の一角にある小さな通気孔に気づいた。
「ここから鍵の仕組みを操作できるかも……!」
細い手を差し入れ、巧みに鍵を解除。扉がゆっくりと開き始めた。
【14】理央の告白
一方、校庭の片隅で理央は自分のスマホを見つめていた。
「ひよりが巻き込まれるなんて、本当は怖いよ」
つぶやく声に、彼の普段の冷静さはどこか遠くへ行ってしまったようだった。
だが、彼は覚悟を決めて言った。
「僕は、君を守るために、何度でも嘘をつく。けれど、それ以上に――本当の自分を見せたい」
そうして、理央はひよりに秘密だった“ハッカーとしてのもう一つの顔”を告白した。
【15】再会と絆
扉が開き、ひよりはゆっくりと理央のもとへ歩み寄った。
「大丈夫、理央くん。私も、あなたの秘密、全部受け止める」
その言葉に、理央は驚き、そして笑顔を見せた。
「ありがとう。君がいるから、僕は強くなれる」
二人は手を取り合い、文化祭の喧騒の中へ戻っていった。
【16】未来への約束
夜空には満天の星。
二人の背中を優しく照らしていた。
「これからも、一緒にいようね」
「うん。どんな困難も、乗り越えていこう」
心の中に新しい決意が芽生えた瞬間だった。



