スパーク!君とひみつのスクールコード ―瞬間記憶とハッキングで、学校のナゾを解き明かせ!―

【1】“見えない居場所”を探して

 その日の放課後、校舎裏を吹き抜ける風は、思っていたより冷たかった。

 早春の午後。かすかに草の香りを含んだ風が、制服のスカートを揺らしていく。

 わたし――蒼井ひよりは、理央くんに呼び出された通り、人気のない旧校舎の裏へやってきた。

(……本当に、ここで合ってるのかな)

 この辺り、普段は生徒が立ち入ることもなく、雑草が足元をくすぐってくるような場所だ。

 ちょっと緊張しながら壁にもたれて待っていると――

「……時間、きっちりだね」

 背後から、ひやっとする声が降ってきた。

「うわっ、びっくりした!」

 思わず跳ねると、理央くんが、少しだけ口の端を上げて笑っていた。

「そんなに驚かなくても。……こっち」

 そのまま彼は、旧校舎の一角へと歩いていく。わたしは慌てて後を追った。



【2】“誰にも知られない場所”

 着いたのは、古びた木製の扉。そこには、かすれた金属のプレートが取り付けられていた。

 ――《図書準備室》

「ここ……って、昔の図書室?」

「正確には“旧図書室”。今の新館ができる前に使われていた場所。図書室の前身だ」

 理央くんが手慣れた動きで鍵を開けると、ギィ……と軋むような音を立てて、扉がゆっくり開いた。

 中は、思っていたよりずっと整っていた。

 壁一面の本棚、木製の長机、古い黒板。カーテンは陽に焼けていて、空気はすこし埃っぽい。だけど、不思議と落ち着く。

「なんだろ……懐かしい感じ。静かで、すごく落ち着く」

「君にぴったりの空間だと思ったよ。……騒がしいところ、苦手だろ?」

「……どうして、それ、わかるの?」

「記憶力がいいから、周囲に気を配りすぎる。それって、静かな場所じゃないとしんどくなるんだよ」

 ……そうだ。わたし、教室ではちょっと疲れやすい。

 人の会話が、表情が、気づけば全部“入ってきてしまう”から。

「理央くん……君も、そういうの得意なの?」

「いや。僕は人の心を読むのは苦手。でも、データを読めば、だいたい推測はつく」

 彼の声は、静かだけれど、優しかった。



【3】自分の“力”に不安があるって、言えなかった

 わたしは、自分の“記憶力”に自信があるわけじゃなかった。

 ただ、見えてしまう。覚えてしまう。

 それは、時に便利だけど、時に重たかった。

(わたしの“力”、本当に役に立ってるのかな……)

 理央くんは、何でもできる。分析も、操作も、計画も。

 わたしはただ、それを聞いて伝えるだけ。

 それって、誰にでもできることなんじゃないか――そんな不安が、ずっと胸の奥にあった。

「ひより」

 不意に名前を呼ばれて、はっと顔を上げた。

「君にしかできないことがある。それだけは、間違いないよ」

「……え?」

「僕がどれだけ機械を使っても、“その場の景色”までは記録できない。君の記憶は、ただのデータじゃない。ちゃんと、人の温度を記録してる」

 理央くんは、視線を窓の外に向けながらそう言った。

「……それって、褒めてる?」

「めちゃくちゃ褒めてる。自覚しなよ」

 その言葉が、すごくあたたかくて、わたしはつい目を伏せてしまった。


【4】“ばったり”の救世主(?)

 それから数日、わたしと理央くんは放課後になると旧図書室に通い、
 いくつかの校内事件をまとめたり、生徒たちの小さな悩みを記録したりしていた。

 そんなある日。いつものように旧校舎に向かおうとしたときのこと――

「ひよりっ!」

 突然、背後から腕をがしっとつかまれた。

「わ、びっくりした! なに!?」

 振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた蓮見カイが立っていた。

「やっぱ、お前最近、絶対なんかしてるよな? 放課後、コソコソしてんのバレバレ!」

「こ、コソコソなんてしてないし! ……してるかもしれないけど!」

「してんじゃん!」

「うう……」

 カイはにやっと笑って、くいっと親指で校舎の裏を指した。

「……連れてけよ。秘密のアジトってやつにさ」

「ちょっ……何それ、誰から聞いたの!?」

「ヒントは“窓ガラスに映る二人の影”。ああいうの、結構バレるんだぜ?」

(どんだけ観察眼鋭いのこの人……!)

 あたふたしていたら、後ろから冷たい声が重なった。

「蓮見。勝手に行動を読むな。それ、ハッキングと変わらないから」

「よう理央~。そういうの、相変わらず正論だけど面白くねーって言われるだろ?」

「君がバレバレすぎるだけ。……で、何の用?」

 ふたりの間にピリッとした空気が流れる――かと思いきや、

「だってさあ。お前ら、何か面白そうなことしてんだろ?」

「だからって無断でついてくる理由にはならない」

「……なら、オレの“身体能力”でも活かせるか試してくんない? けっこう動体視力、いいんだけどな」

 理央くんは、しばし考えるように目を細めたあと、ぽつりとつぶやいた。

「……ま、筋肉バカでも使い道はあるか」

「やったぜ!」

「でも動きすぎて机壊すなよ。旧図書室、今や貴重資源だから」

「よっしゃ! チーム加入だな!」

 ハイテンションなカイに、わたしは思わず笑ってしまった。

(なんだろう……にぎやかになるの、悪くないかも)



【5】“観察魔人”との出会い

 その翌日。

 わたしと理央とカイがアジトで作業をしていると、
 がらり――と、静かに旧図書室の扉が開いた。

「……失礼。ちょっと静かな場所を探してたの」

 声の主は、黒髪ストレートで図書委員の先輩――月城ナナさんだった。

「つ、月城先輩!?」

「君たち、ここ使ってるの? 許可は……」

「理央くんが鍵を……いえ、正規のルートで許可を取って……たぶん……」

 わたしがしどろもどろになっていると、ナナ先輩はわずかに目を細めた。

「ふうん。君――蒼井ひよりさん、だったわよね」

「……え、あ、はい」

「クラスで、“観察眼が鋭い”って話、聞いてた。記憶力もすごいって」

 理央が少し驚いたように眉を上げる。

「観察眼……って、それ、僕が言ってたことと似てるな」

「私はそういう人、嫌いじゃない。……むしろ、好き」

 ナナ先輩は黒髪を払って、ふっと微笑んだ。

「私も混ぜて。……謎を追うの、好きなの」

 理央とわたしは顔を見合わせ、そろってうなずいた。

 その時、背筋にふっと走る高揚感。

 頭の中のパズルのピースが、ピタリとはまったような感覚。



【6】“仲間”って、こんなにも温かい

 ――放課後の陽が落ちかける旧図書室。

 わたし、理央くん、カイ、ナナ先輩。

 それぞれ全然違うけれど、同じ場所に集まって、同じ目的を持って、何かを探している。

 誰かと一緒に何かをするって、こんなに――
 安心するものなんだ。

「……ねぇ」

 ふと、わたしは口を開いた。

「わたし、たぶん、これまで“自分の力”に誇りなんて持ったことなかったんだ」

「ひより……?」

「でも、今はちょっとだけ思う。“この記憶力が、誰かの役に立てるなら”って」

 理央くんが、わずかに視線を落とす。

「役に立ってるよ、充分すぎるほど」

「俺もそう思うぜ! ひよりがいなかったら、俺まだ“謎”の“な”の字も解けてねえ!」

「……静かにして。机の上のチョーク、落ちるわ」

「え、ごめん先輩っ!」

 笑い声が交差する。

 胸の奥にじんわりと、ぬくもりが満ちていく。

 わたしの“記憶”に、きっと今、一番大切な“宝物”が刻まれた気がした――