【1】それは、何気ない夜から始まった


 高校三年生の冬。
 進路も決まり、受験から解放された夜。

 ひよりは理央の家にいた。
 テーブルの上には手作りのチーズケーキ、ソファにはふたり分のブランケット。

 「なんか、こうして家でゆっくりするの久しぶりだね」
 「うん。受験モード、長かったもんね」

 理央の部屋の照明はいつもより少しだけ暗くて、やさしい。
 ふたりで毛布にくるまって、映画を観ながらぽつぽつと話す。

 「……未来のことって、まだ想像できる?」
 「少しだけ、かな。あなたがそばにいる未来なら、たぶん」

 その一言に、理央の指がひよりの手をきゅっと握る。




【2】ポケットにしまっていた“想い”


 理央は、今日のこの日のために、ずっと前から準備していた。

 高校二年の夏、ひよりが風邪で寝込んだとき。
 テスト前に夜中までLINEで勉強教え合った日。

 そのひとつひとつが、自分にとっての「結婚したいと思った瞬間」だった。

 (今日、ちゃんと渡すって決めてた)

 理央はそっとポケットを探り、小さな箱を確認する。

 「ひより」

 「ん?」

 「……俺と、将来も一緒にいてくれない?」




【3】箱の中の未来


 「えっ……それって……」

 理央が差し出したのは、小さなシルバーのペアリングだった。

 派手すぎず、でも指に通した瞬間、あたたかさがふわっと広がるデザイン。

 「これ、プロポーズ、ってことでいいのかな?」

 ひよりの目が潤む。

 「俺さ、昔から君のこと、守りたいって思ってた。
  でも、今は違う。君と一緒に“歩きたい”。
  守るだけじゃなくて、ふたりで並んで、進みたい」

 ひよりは、声にならないほどの想いを抱えながら、指輪をそっと指に通す。

 「ありがとう……すっごく、すっごくうれしい」

 「……俺も、手ぇ震えてる」




【4】約束のキス、約束の春


 そのあと、ベランダに出ると冬の空が広がっていた。
 見上げた星の数だけ、ふたりの思い出が浮かぶ。

 「春からは大学だけど……お互い頑張ろうね」
 「うん。でもさ、頑張る理由が“君の隣にいたい”っての、俺的には最強だから」

 「そんなこと言って……また泣かせるつもり?」
 「泣いてもいい。ずっと隣にいるから」

 そして、ふたりはベランダの静けさの中で、優しくキスを交わした。




【5】未来へ贈るプロポーズ


 数年後。

 大学を卒業し、社会人になったふたりは、ふとあの夜の話をする。

 「ねえ、あのときの指輪、今も引き出しにしまってあるよ」
 「俺は毎日ポケットに入れて持ち歩いてる。プロポーズ、まだちゃんとしたくてさ」

 「……え?」

 理央は少し照れながら、テーブルの下で彼女の手を取る。

 「もう一回、言わせて? ちゃんと、今度は大人として」

 「……うん」

 「ひより。俺と、結婚してください」

 「──はい。よろこんで」