【1】気づいてほしかっただけなのに


 高校生活にも少しずつ慣れはじめた頃。
 ある日の帰り道、ひよりは小さなため息をついた。

 (最近、理央と話す時間が減った気がする……)

 理央は部活でもプログラム研究会でも大忙し。
 しかも、クラスの女子からもひそかにモテている。

 「“天才ハッカー”だってさ。しかもイケメン」

 「話しかけたら、笑ってくれたよ〜!」

 そんな声が、胸に引っかかる。

 (わたし、なんでこんなにモヤモヤしてるのかな……)




【2】すれ違うまなざし


 その日の放課後。

 ひよりは思い切って、理央に声をかけた。

 「ねえ……最近ちょっと、冷たくない?」

 「えっ?」

 理央はきょとんとした表情を浮かべるが、その反応がひよりの不安を煽る。

 「わたしばっかり気にして、あなたは……平気なの?」

 「いや、違うって。俺はただ、忙しくて……」

 「“ただ、忙しくて”──それだけ?」

 声が強くなる。
 理央も珍しく、口をきゅっと結んだ。

 「……じゃあ、俺が君に構ってばっかりで、ダメだったってこと?」
 「そんなこと、言ってない!」

 ふたりの間に、初めての“沈黙”が落ちた。




【3】素直になれないふたり


 その夜。
 ひよりはスケッチブックの前で手を止めていた。

 (会いたい。……でも、言いすぎたかな)

 一方、理央も自室でパソコンの画面を閉じて、ため息をついた。

 (あいつ、泣いてなかったかな……)

 「……俺って、バカか」

 ふたりの手の中には、それぞれの“思い出のページ”が残っていた。
 初めて手をつないだ日。文化祭の絵。
 どのページにも、優しい笑顔のひよりがいた。



【4】雨の図書室

 翌日。
 朝から小雨が降っていた。

 理央は図書室の奥にいた。
 ぼんやりとページをめくりながら、心の整理をしていたとき。

 ──「あ……いた」

 ひよりが、傘も差さずに駆け込んでくる。

 「ごめん……昨日は、言いすぎた」
 「俺も。君が寂しがってたの、気づけなかった」

 ふたりの言葉が重なって、笑い合う。

 「なんだか、初めて喧嘩したね」
 「うん。思ったより、しんどかったけど……」

 理央が、小さな紙袋を差し出す。

 「これ……昨日の帰りに、買ってた」

 中には、ひよりの好きな苺チョコが入っていた。

 「ほんとは、渡すつもりだった。でも、タイミング、なくしちゃって」

 ひよりは、それを胸にぎゅっと抱きしめた。

 「ありがとう。理央は、ちゃんとわたしを見てくれてたんだね」



【5】雨上がりの帰り道

 図書室を出る頃には、雨がやんでいた。

 ふたりは並んで歩く。
 いつもと同じようで、ちょっとだけ違う。

 「ねえ、理央。これから先、また喧嘩しても、ちゃんと話してね」
 「うん。俺、絶対に“君を置いていかない”って決めてるから」

 「……ずるい。そんなこと言われたら、また泣きそうになる」

 「泣いてもいいよ。でも俺がちゃんと、拭くから」

 理央が、指でひよりの頬をそっとなぞる。

 「……好きだよ。怒ってても、泣いてても、全部」

 「わたしも……好き。あなたの、ぜんぶが」

 そして、ふたりはまた新しいページに、“喧嘩して仲直りした思い出”を刻んだ。