【1】春の制服、はじめまして


 ひよりは、駅のホームで緊張した手元をぎゅっと握りしめていた。
 制服のスカート。胸元のリボン。着慣れない高校のブレザーに、心も体もそわそわしている。

 「初登校の日って、なんでこんなに緊張するんだろ……」

 駅に電車が滑り込んでくると、人波の中から見覚えのある黒髪が見えた。

 「よ、ひより」

 ──理央だった。

 同じ制服姿。いつもよりちょっと大人びた印象の彼。
 でも、目が合った瞬間、ひよりは心の奥がぱあっと明るくなるのを感じた。

 「あ、あの……変じゃないかな? この制服……」
 「似合ってる。まじで」

 即答だった。





【2】ふたり、となりの席に


 新しい教室、新しい席。
 なんと、ひよりと理央は偶然にも「となりの席」になった。

 「運命、ってやつだね」
 「偶然でもうれしいよ。ちょっとだけ安心した」

 隣の席で、授業の準備をしながら、小さな声で会話を交わすふたり。
 でもその時間が、まるで世界でふたりだけの空間に感じられた。

 (高校生活って、不安だらけだと思ってた。でも──)

 「ひより」
 「ん?」

 「……ここから先も、ずっと一緒にいていい?」

 その一言が、ひよりの胸を跳ねさせた。




【3】放課後、春風の中で


 入学式が終わり、校門を出たあと、ふたりは公園のベンチに並んで座っていた。

 制服のまま、通学カバンを抱えて。

 「高校生って、すっごく大人な感じがするけど……なんか、まだ自分のサイズに合ってない感じがするね」

 「でも、そうやってゆっくり大人になっていくのが青春ってやつじゃない?」

 理央の横顔が、ちょっと照れたように笑った。

 そして、ひよりの手の甲に、ふわりと自分の手を重ねる。

 「……俺はね。中学の時の記憶より、これからの“未来の記憶”を君と作っていきたいと思ってる」

 「理央……」

 「だから、また新しい“スケッチブック”を持っててほしい。
  君の心に浮かんだ“未来”を、今度は俺と一緒に描いて」





【4】手と手で始まる、春の地図



 ひよりはカバンから、一冊のスケッチブックを取り出す。

 「これ、真っ白なまま、ずっとカバンに入れてたの。
  でも、いまなら──描ける気がする」

 彼女が描き出したのは、制服を着たふたりが笑い合っている絵。

 「第一ページ、完成」

 「最高のスタートだね」

 理央は、そっと彼女の肩を引き寄せて言った。

 「……じゃあ、君のページのすみっこに、“キスしていい?”って書いてあったら、どうする?」

 「……それ、質問として反則じゃない?」

 照れてうつむくひよりの頬に、春風が優しく吹いた。

 そして──

 ふたりの間に、やさしいキスの音が、そっと花開いた。