【1】隠された想い
文化祭の準備が佳境を迎える中、マヒルはふと校舎の屋上に向かった。
そこはいつも、彼女が「自分に戻れる場所」だった。
(……バカみたい。何を期待してるんだろ、私)
風に舞う髪を押さえながら、マヒルは一人ごちた。
理央とひより。
二人の関係が元に戻り、さらに深まっていく様子を見守るのは、辛くなかった──はずだった。
けれど、ふとした仕草。ふとした目線。
理央がひよりに向ける“本気の想い”を目の当たりにするたび、胸が苦しくなった。
(ずっと隣にいたのは、私なのに)
理央と肩を並べ、ネットの裏側で戦ってきた時間。
それを“特別”だと思っていたのは、きっと自分だけだった。
【2】ユウナの迷い
同じころ、図書室の片隅で、ユウナは本を開いたまま動けなくなっていた。
(あれ……なんで、こんなに涙が出るの?)
ページには、恋人同士が再会する場面。
読んだことのあるシーンなのに、今日は胸が締めつけられるように痛んだ。
「ユウナ?」
こよみが心配そうに声をかける。
「……ごめん、ちょっと気分悪くて」
「……ひよりと理央くんのこと?」
図星だった。
「うん……なんか、わたし、あのふたりがうまくいくほど、自分のなかの“なにか”が、なくなっていく感じがするの」
それは、劣等感。
ひよりがどれだけ愛されても、それを素直に祝福できない自分。
でも──
「わたし……誰かに本気で好きになってもらったこと、ないから」
ユウナの声は、いつになく小さく震えていた。
【3】マヒルとユウナ、すれ違う心
放課後。偶然、マヒルとユウナは中庭で鉢合わせた。
「……あ、ユウナ」
「あ、マヒル先輩」
ぎこちない沈黙が流れる。
気まずさを誤魔化すように、ユウナは言った。
「ねえ、マヒル先輩って、理央くんのこと、今でも……」
「……うん。好きだったよ」
「だった?」
「今も……ちょっと、そうかもしれない。でも、もう“親友”でいいかなって思ってる。今は、ひよりが大事にされてるの見てると、安心するんだ」
ユウナは、それが強がりだとすぐにわかった。
でも、責めることなんてできなかった。
「わたし……誰かを好きになるのって、こわい。もし、その人に好かれなかったら、もう戻れないから」
マヒルは、ユウナの隣に座り込んだ。
「それでもね、好きになるって、止められないんだよ。誰かのこと考えるだけで、世界の見え方が変わる。怖いけど……それって、悪くない」
ユウナの目に、ふっと涙がにじんだ。
【4】ひよりの本音
一方、ひよりは放課後の教室で、一人絵を描いていた。
誰にも見せていない“人物画”。
それは、笑うユウナと、黙って佇むマヒルの姿だった。
「……わたし、なにができるんだろう」
自分の恋が、誰かを傷つけているのではないか。
記憶を失って、取り戻した先で得た“幸せ”が、誰かの涙の上に成り立っているのでは──
そんな思いに胸を痛めていた。
だが、そこに現れたのは理央だった。
「描いてたの、マヒルとユウナ?」
ひよりはコクリとうなずく。
「わたしのせいで、あのふたりが苦しんでる気がして……」
「違うよ。あのふたりは、自分の気持ちに正直になろうとしてるだけ」
「……でも、私がいなければ」
理央は、ひよりの頭をそっと撫でた。
「君がいるから、ふたりとも、自分の気持ちと向き合えてる。君の恋は、誰かを苦しめてなんかいないよ」
ひよりの目に、ぽろりと涙がこぼれた。
【5】夜のメッセージ
その夜、マヒルのスマホにユウナからの長文メッセージが届いた。
ユウナより:
本当は、わたし……マヒル先輩にずっと憧れてました。
理央くんの隣に自然に立てる姿が羨ましかったし、妬ましかった。
でも、先輩が泣きそうに笑ってるの見たとき、思ったんです。
ああ、この人も苦しかったんだって──
だから、わたしも頑張ってみます。好きになること、怖がらないようにします
それを見たマヒルは、スマホを胸にぎゅっと抱きしめた。
【6】動き出すそれぞれの恋
それから、一年経ち文化祭当日を前に、校舎には熱気が満ちていた。
ひよりと理央は、新たな恋を堂々と歩き出していた。
マヒルは、自分の気持ちにひと区切りをつけた。
ユウナは、まだ恋の入口に立ったままだったが、それでも前を見ていた。
そして、すれ違いながらも、誰もが誰かを想いながら生きている。
それが“中学生の恋”であり、“青春”という時間だった。



