【1】文化祭、開幕!

 秋の澄んだ空に、カラフルな装飾がはためく。
 生徒たちが作り上げた文化祭の初日。校内はお祭り騒ぎだった。

 その中でも注目の的は、ひよりたちのクラスの出し物──

 「ようこそ“記憶迷宮カフェ”へ! 迷子になっても責任は取れません♡」
 こよみのテンション高い呼び込みが朝から炸裂し、生徒も保護者もつられて笑っていた。

 今年の文化祭最大の目玉と言われているクラス企画──記憶迷宮カフェ。
 その名の通り、客が“記憶のかけら”を探しながらカフェスペースにたどり着くという、仕掛け満載の体験型アトラクションだ。

 制服姿のひよりが、笑顔で案内をしている。
 「いらっしゃいませ。こちらのルートは“初恋の記憶”エリアです。お客様の恋バナにご注意ください♡」


 入口には“記憶のかけらを探す”体験型クイズと、謎解き演出。
 そして内部では、制服姿のひよりが接客する姿が話題に。

 「この子……絶対プロでしょ」
 「記憶に残る接客って、そういう意味!?」

 マヒル:「うちの看板娘なんで♡」
 ひより:「いや看板とかつけないで!?恥ずかしいからぁ!」





【2】恋する文化祭、進行中

 理央は客の合間に、こっそりカウンターからひよりを見ていた。
 その笑顔に、来場者だけでなく彼自身も、胸を射抜かれる。

 (……やっぱり好きだな)

 そんな彼の背中を、こよみがドンッと叩いた。

 「ちょっとー!照れてる場合じゃないでしょ!カフェのデータベース、誰かに触られてた形跡あったよ」

 「……来たか」

 理央はすぐにタブレットを起動し、校内のWi-Fiにアクセス。
 通信の一部に、外部からの不審な信号を検知しており警告が灯っていた。
 「やっぱり来たな、外部アクセス。プロキシを何重にも通した接続だ……」

 理央の指がタブレットの上を素早く滑る。
 表示されたのは、暗号化された通信文。

 《対象ヒヨリ-03 感情リンクコード再取得》
 《優先ターゲット:恋愛感情の記憶データ》

 「今度は……恋の記憶を奪う気か」

 彼は背筋が凍るような戦慄を覚えた。
 記憶迷宮カフェを、罠として逆利用されている可能性がある。
 ひよりを傷つけるために、彼女が“守ってきた記憶”を、標的にされている──。

 

 理央:「ひよりを狙ってるやつが……この文化祭に来てる」





【3】仮面の来訪者

 そのころ、カフェの奥。ひよりの前に、ひとりの女性が現れていた。

 午後、カフェの客の中に、ひよりはどこか見覚えのある“黒服の女性”を見た。

 (……この人、以前どこかで)

「……あなた、“あの時”の……」
 ユウナの記憶空間にいた女性だ。

 マヒルが接客に入ろうとしたそのとき、その女性はひよりにそっと囁いた。

 「記憶は、人を救うこともある。でも、それ以上に……壊すこともあるのよ。あなたの“好き”は、本物だと信じてる? それが、誰かに植えつけられたものだったとしたら?」

 「……何が言いたいんですか」

 「感情は操作できる。記憶さえあれば、愛も、憎しみも。たとえば──あなたの“理央くんへの想い”も」

 そう言い目が合った瞬間、全身に寒気が走った。
 その言葉に、ひよりの心が揺れる。だがすぐに、彼女は小さく首を振った。

 「それでも、私は自分の気持ちを信じます。理央くんと過ごしてきた時間、全部私が選んできたものだから」

 女性はふっと笑い、姿を消した。だがその言葉は、確実にひよりの心に影を落とした。

 だけど、理央がすぐに駆けつける。だが、すでにその女性は群衆の中に消えていた。

 「今の人……“記憶局”の関係者だ。たぶん、ユウナを閉じ込めてた連中」

 「……まだ、終わってないんだね」




【4】それでも、守りたいもの


 その夜。文化祭の後夜祭イベント。
 グラウンドのキャンドルナイトの灯の中、ひよりと理央は並んで座っていた。

 「理央くん。怖いって、思ってる」
 「……うん、俺もだよ」

 「でも、それでも私……自分の記憶を手放したくない。誰かのせいで、自分が自分じゃなくなるのは……いやだから」

 理央は、そっと彼女の肩を抱いた。

 「ひより」
 理央がそっと彼女を呼ぶ。
 

 「今日……変なこと言われた。私の“好き”が、誰かに操作されてるかもしれないって」

 「……知ってる。俺も、端末でやり取りを見た」

 「怖かった。もし、理央くんのこと“好き”って気持ちまで壊されたらって思うと……」

 その震える声に、理央はそっと彼女の手を取った。

 「記憶が壊れても、俺は何度でも君に恋をする。だから大丈夫。君の“好き”は、俺が証明する」

 「……理央くん」

 ひよりの瞳から、ぽろっと涙が落ちた。

 「大丈夫。君は君でいていい。僕が、それを“証明”する」

 ひよりの頬に触れる彼の手のひらは、いつもより少しだけ熱かった。

その瞬間、グラウンドに流れた音楽のイントロが変わった。
 「次は、カップルダンスタイムです♡」というアナウンスに、生徒たちの悲鳴と歓声が上がる。

 「踊ろっか、ひより」
 「う、うん……でも私、踊れない……」

 「いいよ、ステップなんて気にしない。今だけは、君の“好き”を守らせて」

 ぎこちない足取りのふたりのダンス。
 でもその姿は、誰よりもまっすぐで、記憶に残るほど眩しかった。



【5】宣戦布告


 だが、楽しい時間のその直後。理央の端末に、暗号化された通信が届く。

 《次は、記憶ではなく“心”を奪う》

 その文字を見た瞬間、理央は目を見開いた。

 「ひより……狙いが変わった。今度は――感情の記憶、つまり“恋”そのものを奪おうとしてる」

 「私の……“好き”を、奪う……?」

 その言葉に、ひよりの瞳がふるえた。