【1】“ふつう”の日常が、特別に変わるとき
ひよりにとって、朝の校門がこんなにまぶしく見えるのは初めてだった。
通い慣れた制服。いつもの教室。でも、世界が違って見える。
理由は、たったひとつ。
「……理央くんと、手をつないで登校してるから、だよね」
こっそり小さく呟くと、隣を歩いていた理央がニヤリと笑った。
「小声でも聞こえてるよ。ひよりって、感情すぐ声に出るよね」
「う、うそでしょ!?もう、恥ずかしいから黙ってて~!」
軽口を叩きながらも、心の奥があたたかくて仕方がなかった。
(守ってもらうだけじゃない。自分で、自分の記憶を選んで、進んでいくって決めたんだ)
【2】文化祭、準備開始!
「さあ、今年の文化祭のテーマは“記憶”だよ!」
教室で叫んだのは、副会長のこよみ。勢い余ってイスごとひっくり返る。
「よりによってそのテーマって、もう……」
理央が思わず頭を抱えるも、ひよりはにっこり笑った。
「でもいいかも。記憶って、私たちにとっても、ちゃんと向き合いたいものだし」
こうして決まった出し物は《記憶迷路カフェ》。
記憶のかけらを辿って「本当の自分」を見つけ出す、体験型の喫茶だった。
生徒たちの間では、
「理央くんのハッカー能力で演出すごくない!?」「ひよりちゃんの記憶力がスタッフ超人レベル」
と、妙な方向で話題に。
【3】距離、ちょっとずつ近づいて
「ひより。これ、持ってくれない?」
理央が差し出したのは、大量の小道具の入った箱。
「お、おも……って、ちょっと!理央くん、持たせるだけで自分はスマホいじってない!?」
「いや、今このQRコードがうまく読めなくて――」
そんな言い訳を聞きながら、ひよりは心の奥でふわりと笑っていた。
(いつの間にか、こうやって言い合える距離になってたんだなぁ……)
そして気づく。
“好き”って、言葉よりも、こういうささいなことで深まるんだな、って。
【4】“初恋”が、咲いた日
準備が進むある日、校庭のベンチでふたりきりになった。
「ひより、ちょっとこっち来て」
「ん?」
「……何か、渡したいものがあってさ」
そう言って理央が差し出したのは、小さな紙袋。中には手作りのミニキーホルダー。
鍵の形。中には“記憶”という英単語が刻まれていた。
「記憶って、取り戻すことだけじゃない。これからの毎日を、君と一緒に作っていくことも“記憶”になる。
だから、これから先の記憶を、君と作っていけたらって思って」
「……うん。わたしも、そう思ってるよ」
そっと目を閉じて、ふたりの唇が触れた。
今度のキスは、恋が“はじまる”合図だった。
【5】文化祭前夜──静かに近づく黒い影
文化祭前夜。体育館の裏、無人の電源装置に何者かがアクセスしていた。
モニターに表示される警告文。
Accessing memory-core data link... override protocol initiated.
“記憶迷宮”の名を冠したカフェ。それが、ある組織の監視対象になっていた。
そこにいる、ひよりの存在が──再び、“彼ら”を目覚めさせたのだ。
【6】それでも、明日はくる
その夜、ひよりは夢を見た。
理央と、マヒルと、こよみと──記憶の迷宮を歩いて、光の出口へ走る夢。
(どんな未来が来たって、私は大丈夫。だって――)
“好きな人”が、そばにいるから。



