◆土曜の夜・音楽棟のスタジオ前
外はもう暗く、人通りもまばら。汐音がスタジオに入ると、先に来ていた奏多が準備をしている。
汐音「お疲れさまです。遅くなってすみません……」
奏多「大丈夫。夜の方が静かで好きだしな」
スタジオの灯りは控えめで、どこかあたたかい。
奏多「今日は、前の発表で使った曲のリテイク頼まれて。
また、お前に弾いてもらいたくて」
汐音(心の声)
(また“私に”って――その言葉だけで、全部報われちゃう)
◆録音前・スタジオの沈黙
機材調整の間、ふたりの間に静けさが流れる。汐音、そっと問いかける。
汐音「……先輩」
奏多「ん?」
汐音「前に、“言わせたの、俺だな”って言ってましたよね」
奏多「……ああ」
汐音「あれ、どういう意味だったんですか?」
奏多、一拍置いて視線を合わせる。
奏多「そのまんま。
お前のこと、少しずつ知りたくなってたってこと」
汐音(息をのむ)「……っ」
奏多(小さく笑って)「お前の“好き”が、自分向きだったらいいなって、ちょっとだけ、期待した」
◆録音スタート・ピアノの音
汐音が鍵盤に指を置き、ゆっくりと演奏を始める。やさしい、まっすぐな音色。
奏多はミキサー越しに見つめながら、目を細める。
奏多(心の声)
(やっぱ、俺……この子の音が、すごく好きなんだよな)
(変に飾ってなくて、素直で、でも……誰よりも心がこもってる)
◆録音終了・深夜のスタジオ
演奏が終わり、スタジオに静寂が戻る。汐音、ヘッドホンを外して、ほっと息を吐く。
汐音「うまく……弾けてましたか?」
奏多「うん。すごく、良かった」
ふたり、機材の前で並んで座る。時計の針は23時を過ぎている。
汐音「……もう、夜ですね」
奏多「送ってくよ」
汐音(かすかに微笑んで)「……このまま、もう少しだけここにいたいです」
静かに流れる時間。ふたりの間に、小さな距離。
ピアノ椅子に並んで
奏多が何気なく鍵盤を叩く。音階がひとつ、響く。
奏多「お前さ、初めて会った時、泣きそうな顔してたの覚えてる?」
汐音「……えっ」
奏多「高校のとき。最初のレッスン。
“ピアノやめようか迷ってる”って言ったお前」
汐音「あの時……誰にも、弾いてるの聴かせたくなくて……」
奏多「でも、俺には聴かせてくれた」
汐音「……先輩だったから、です」
◆告白未満の、確かな気持ち
奏多が静かに汐音の指先に触れる。驚いて汐音が顔を上げる。
奏多(目を逸らさず)「俺、好きになりかけてる」
汐音(瞳を大きく開いて)「……っ」
奏多「まだ“好きだ”って言い切るほど、全部わかってないけど……
一緒にいたくなる。もっと知りたくなる。それって……たぶん、そういうことなんだと思う」
汐音(小さく震えながら)「……わたしも……そう、思ってました」
◆静かな夜道・帰り道
マンション前まで送られてきた汐音。外灯がぼんやり照らす中、別れ際に立ち止まる。
汐音「今日は……ほんとに、うれしかったです」
奏多「……また、来る?」
汐音(目を見て)「呼んでくれたら、何度でも」



