◆昼休み・音楽棟カフェスペース
汐音と千晴がいつものテーブル席に。周囲の女子たちがざわついている。
女子学生1「真木先輩、この前某アーティストと仕事したらしいよ~」
女子学生2「うそ、なんか私服で外で会ってたって噂も……!」
千晴(小声で)「真木先輩、最近めちゃ注目されてるね」
汐音「……うん」
千晴「でさ、汐音はどうなの? “気になってる人”とかさ」
汐音、一瞬間があってから、うつむきながら答える。
汐音(小さく)「……いないよ、そういうの」
千晴(ジッと見る)「ふ~ん?」
汐音(心の声)
(言えない……言えるわけないよ。
“気になってる人”が、元家庭教師で、今は憧れの先輩で、
しかも、その人の家に行ったばかり……なんて)
◆夕方・音楽棟ピアノ室前(偶然の再会)
汐音が個人練習を終えて廊下に出ると、奏多が向こうから歩いてくる。
奏多「白石、今終わり?」
汐音「はい……あ、先輩もレッスンですか?」
奏多「いや、ちょっと教授とミーティングしてた」
ふと、奏多が立ち止まって言う。
奏多「白石ってさ、好きなやついる?」
汐音(驚いて固まる)「え……」
奏多「いや、なんか今日カフェで女子たちが話してて。
“真木先輩のこと好きな子多すぎ”ってな」
汐音「……私、そういうの、ないです」
一瞬だけ、寂しそうな笑顔を見せる奏多。
奏多「そっか。……まあ、いたらいたで、めんどくさそうだしな」
汐音(心の声)
(ほんとは、いるよ)
(ほんとは、目の前にいるよ。
なのに、私……なんで、言えないんだろう)
◆帰り道・キャンパス裏の並木道
汐音、ひとりで歩いている。春の風が静かに髪を揺らす。
汐音(モノローグ)
(なんで、嘘ついちゃったんだろう)
(先輩の“好きな人いる?”って、
もしかして――
私に期待してくれてたのかな)
◆週末・大学の練習スタジオ(公開実習)
授業の一環で、音楽クリエイター専攻の上級生が発表する公開授業がある。汐音と千晴も観覧席に。
教授「今回は真木くんが手がけたピアノ楽曲を、後輩に弾いてもらいます」
千晴「えっ、あれ汐音じゃない!?」
汐音、驚いて舞台袖に立たされる。奏多がステージ中央にいて、軽く手招きする。
奏多(マイクで)「“誰に弾いてほしいか”って聞かれたから、即答で決めた。
音で信頼できるやつって、限られてるから」
会場がざわめく中、汐音、赤面しながらステージ中央へ。
汐音(心の声)
(今だけは、嘘を弾きたくない)
(――私の全部を、音に込める)
◆ステージ上での連弾シーン(演出)
ピアノに並んで座るふたり。手をそっと重ねるタイミングで、
ふと目が合う。会話はないけど、温度がある。
奏多(心の声)
(お前の音は、正直だ。
あの時、嘘をついたって……
俺にはわかってる)
◆演奏後・袖幕の裏
大きな拍手の中、ふたりが舞台を下りる。
汐音は胸に手を当てながら、こっそり言う。
汐音(小さく)「……私、ほんとは」
奏多、歩きながら振り返る。
奏多「ん?」
汐音(ぎゅっと拳を握って)「ほんとは、“います”」
奏多(立ち止まる)「……そっか」
汐音(真っ赤な顔で)「先輩が、好きな人です」
楽器庫のドアが閉まる音
奏多がほんの少しだけ笑って、ひとことだけ返す。
奏多「……言わせたの、俺だな」
ふたりの間に、甘い沈黙。
次の一歩が始まりそうな、気配で終わる。



