【シナリオ】あなたの隣で、音になる




◆キャンパス・昼休みの中庭

千晴とお弁当を食べている汐音。千晴がスマホを見ながら話す。

千晴「やっぱ真木先輩ってさ、プロでも活動してるんだね。曲提供してるのこれだって」

スマホを見せる。大物アーティストの名前が並んでいる。

汐音「すごい……高校生のときも、作曲ノートいっぱいだったけど」

千晴「ひょっとしてさ……汐音の初恋って、真木先輩だったりする?」

汐音(むせながら)「ち、ちがうってばっ!」

千晴(ニヤニヤ)「否定弱い〜〜♡」



◆音楽棟の廊下

汐音が楽譜を取りに向かうと、向こうから奏多が歩いてくる。

奏多「……白石。ちょっといいか」

汐音「は、はいっ!」

ビクッとなって立ち止まる汐音。奏多が手元のタブレットを見せる。

奏多「この曲、授業で使う音源の仮演奏が欲しいんだけど、ピアノ弾けるやつ探してて。手伝えるか?」

汐音「……わ、私でいいんですか!?」

奏多「お前の音、知ってるからな」

にっこりはしないけど、穏やかな目で言われて、汐音、赤くなる。

汐音(心の声)
(“お前の音、知ってる”って……それだけで、なんか苦しいくらい嬉しい)




◆小さなレコーディング室(夕方)

汐音がピアノ前に座り、奏多が録音の準備をしている。スタジオ特有の静けさと緊張感。

奏多「緊張してる?」

汐音(正直に)「ちょっとだけ……大学で誰かの役に立つの、初めてなので」

奏多「そっか。……でも俺、昔からお前のタッチ、結構好きだった」

汐音「…………っ」

手元の鍵盤を見る。顔が赤い。

奏多「じゃ、いくぞ。白石、スタンバイ」



◆レコーディング室・演奏中

汐音のピアノ演奏。柔らかく、真っ直ぐな音色が響く。奏多が静かに聴いている。

奏多(心の声)
(変わってねぇ。素直で、ちょっと不器用な音。でも……)

(“俺のために”って思って弾いてるのが、わかる)




◆スタジオ終了後

録音を終え、ふたりで帰り支度。外はすっかり夜に。

奏多「助かった。予定より早く仕上がったな」

汐音「こちらこそ……すごく楽しかったです」

奏多(歩きながら)「……なんか、昔と違うな」

汐音(驚く)「えっ?」

奏多「高校生のときは、俺の前で固まってたじゃん。今の方がずっと自然だ」

汐音(ぽつりと)「……それって、先輩が“先輩”になったから……ですかね」

奏多「はは。俺としては、“後輩”になった白石が、なんか新鮮だけどな」




◆大学前の坂道・別れ際

奏多「じゃあな。また今度、例の授業のとき」

汐音「……はい、ありがとうございました」

奏多が去った後、ひとりでつぶやく。

汐音(モノローグ)
(“先輩”としてなら、隣にいてもいいのかな)
(もう一度……この距離で音を重ねられるなら、私は――)