◆木曜・夜のピアノ室(無人)
夜のキャンパス、誰もいないピアノ室。汐音がひとり、ピアノの前に座る。
鍵盤に触れる指が、少し震えている。
汐音(心の声)
(もう一度、先輩に――この音を届けたい)
(言葉じゃ伝えられないなら、せめて……私の“音”で)
そして、ぽつりぽつりと弾きはじめるのは――
以前、奏多と組んだ曲のアレンジ。けれど、どこか切なくて、祈るような旋律。
◆同時刻・構内スタジオ前
奏多がスタジオから出た瞬間、どこからか微かに聞こえてくるピアノの音。
それに気づいて、足を止める。
奏多(心の声)
(……この感じ、間違いない。白石の音だ)
迷わずピアノ室の方へ向かう。
ピアノ室前(扉越し)
奏多がそっと扉の前に立ち、少しだけ開けて中を覗く。
そこには涙を浮かべながらも懸命に弾く汐音の姿。
汐音(つぶやくように)
「好きです……先輩が、誰よりも。
だから、こわくなっただけ……」
そのまま手を止め、深くうつむく汐音。
奏多、もう黙っていられず、静かに扉を開けて入る。
奏多「汐音」
汐音(驚いて立ち上がる)「……!?」
奏多「“言葉より先に、音で伝えよう”って思ったの、お前が初めてだった」
汐音(震えながら)「……わたし、あの人のことで……勝手に不安になって……」
奏多(ゆっくり歩み寄って)「いいよ、不安になって。
俺だって、自分の伝え方が足りなかった」
そっと彼女の肩を抱きしめる。
奏多(低く、優しく)「でもこれだけは信じて。
俺が誰と音楽をやろうと――“恋人”は、汐音だけだから」
鍵盤の前に、並んで座る
ふたりで再びピアノの前に座る。汐音が少し笑って、目を拭く。
汐音「……また一緒に、弾いてくれますか?」
奏多「もちろん。今日だけじゃなく、これからも」
ゆっくりと弾き出すふたりの連弾。
静かな大学の夜に、ふたりの音が重なって響く――。
◆帰り道・校門前
門の前で別れ際、汐音がふと立ち止まり、奏多に言う。
汐音「先輩……」
奏多「ん?」
汐音(しっかりと目を見て)「私は、もう大丈夫です。
“秘密”でも、“信じてる”って言えるから」
奏多、目を細めて微笑む。
奏多「俺も、もっとちゃんと伝える努力、するよ」



