◆月曜・音楽理論の講義後
教室の外、汐音が教科書をまとめていると、背後から声がかかる。
???(女性)「白石さんだよね? ピアノ専攻の」
汐音(振り返る)「あ、はい……」
???(爽やかな笑顔で)「真木くんの同期、仁科咲良(にしな・さくら)って言います」
咲良は作曲家志望の才女。美人で人当たりが良く、よく奏多と組んでいるらしい。
咲良「こないだの公開演奏、すごく素敵だったよ。
奏多が“あの子の音だけは嘘つかない”って、珍しく褒めてたから気になってて」
汐音(内心ドキッ)「そ、そんな……」
咲良「あ、今度また私たちで曲を作るんだけど、
ピアノ誰に頼むかで、ちょっと相談してて。……白石さん、どう?」
◆スタジオ前・夕方
汐音が練習帰りにスタジオ近くを通ると、中から咲良と奏多の笑い声が聞こえる。
咲良(中から)「だから~!コード進行、先週のアイツのより私の方が合ってるってば!」
奏多(くぐもった声で)「はは、たしかに。わかったよ、咲良には敵わない」
汐音、思わず立ち止まり、扉に手をかけるが――入らず、そのまま帰ってしまう。
汐音(心の声)
(“咲良には敵わない”……)
(私なんかより、ずっと並んでる気がする)
◆火曜・学食にて・お昼
千晴とご飯中の汐音。千晴が何気なくつぶやく。
千晴「真木先輩さ、仁科さんとまたユニット組むって」
汐音「え……」
千晴「超強力タッグって、みんな盛り上がってるよ。
正直、あの二人、付き合ってるんじゃないかって噂もあるし」
汐音(箸を止めて)「……そう、なんだ」
◆奏多の部屋・その日の夜
汐音が呼ばれてやってくる。いつもと同じ部屋。なのに、少しだけ遠い。
奏多「仁科と組む件、伝えるの遅くなってごめん」
汐音(伏し目がちに)「……べつに、いいです」
奏多(眉をひそめて)「汐音?」
汐音「あの人の方が、先輩には似合うんじゃないですか。
音楽の話も通じ合ってるし……」
奏多(しばらく沈黙してから)「……俺は、誰とでも音楽の話はできる。
でも、“誰とでも心を開ける”わけじゃない」
汐音「じゃあ、なんで仁科さんとばっかり……」
奏多「仕事だからだよ」
汐音(声を落として)「でも……私は、先輩の“彼女”なのに」
汐音「“彼女”なのに、“彼女です”って言えない」
奏多(静かに)「……守ってるつもりだった」
汐音(涙がにじみ)「“守られてる”より、
“信じてもらえてる”方が……嬉しいのに」
◆帰り道・夜の歩道
汐音がひとりで歩く。電話もLINEも来ないまま、夜風に髪が揺れる。
汐音(心の声)
(きっと私は、“自信のない音”を出してしまった)
(でも、伝えたい――本当は、もっと……)



