紅葉は見頃の部分もあればまだ色が変わりかけの場所もあった。そのおかげで混雑には巻き込まれずにほどよく歩いて、少し足が疲れたというところで車に戻ってきた。
日向の様子が今日は時折おかしくて、紫月としてはそれが気がかりで帰りの運転を代わろうと提案したが『大丈夫』だと言われてしまえば飲み込むしかなかった。
海岸沿いを走りながら、駐車ができそうなスペースが明かりの下に見えて紫月は勇気を出して口を開いた。
「日向くん、あの…丁度日が沈むところが見れそうだから、あのあたり、寄れるかな?」
「うん。寄り道しよう。」
言い方も声も変わらないはずなのに、つまらなそうだとかそういう風に見えているわけではないのにただ、どこか説明の出来ない何かが違っているように感じる。
バタンと車のドアを閉め、ざり、ざりと音の鳴る道を踏みしめながら砂浜に近付いていく。辺りには誰もいなかった。秋の海は人気スポットではない。
「砂浜におりる?それともここで見る?」
白い手すりがずらっと並ぶ。その一つに手を掛けながら、日向が問いかける。日向の背中の方から沈みかけたオレンジ色の太陽の光が目に飛び込んできて、眩しくて薄目で一度見つめた。
「砂ついたら靴、汚れちゃうから…ここで見てもいい、かな?」
「うん。…風、強いね。寒くない?」
「大丈夫。」
紫月はオレンジ色が吸い込まれていくのを見つめた。
(…完全に見えなくなったら、言う。日向くん、何かあったって、聞く。)
「…見えなくなっちゃったね。意外と、あっという間。」
「ね。もっと時間がかかるのかなって思ってた。」
ここでいつも通り笑い合えれば、この違和感を流してしまえば『今までの自分』だ。だからもう、それをしない。
「日向くん。」
「な、何?」
「…何かあったんじゃない?時々ちょっと、考え込んでるみたい、だったから。…疲れさせちゃった?」
紫月がそう言い終えると、日向の笑みは少し雰囲気の違うものに変わった。はぁと長くゆっくりと息を吐いてから、どちらかといえば苦笑にもとれる笑みになったように感じる。
「…ううん、疲れてないよ。…でも、…紫月さんにそう見えてたんなら良くなかったね。心配させた?」
「…心配は、して、る…よ。私が迷惑かけてないかなって思ってる、いつも。でも日向くんはそうじゃないって言ってくれるから、…私のせいじゃない、のかもしれないけど、私のせいでもそうじゃなくても、考え込んでることを聞いて、日向くんの心を軽くできるなら…そうしたいって思って、ます。」
ズッと日向の靴が砂利と砂に擦れる音がした。
「…日向、くん…?」
思えば、紫月が勝手にシャツの裾を掴んだり、背中に隠れたりしたことはあっても、日向の方から距離を詰めてきたことは今までになかった気がする。そんな日向がゆっくりと紫月に向き合い、3歩距離を縮めた。そして日向の頭が静かに、紫月の肩に乗った。
「…ごめんね、紫月さん。…正直になっても、いい?」
初めて聞く日向の声だった。謝られるようなことは何も起こっていない。ただ、日向に『何かあった』ということはおそらく確実だということがわかり、突然落ちてきた日向の頭と近くなった声に緊張しながらも、紫月は言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。
「…うん。解決策が言えるわけじゃない…と思うんだけどでも、話を聞くのは、私にもできるよ。」
「…そっか。…紫月さんはさ、やっぱり最初からまっすぐで、強くてかっこいい、人…だよね。ただ、自信がなさそうだっただけで。でも今、紫月さんは自信があってもなくても、…いっぱい頑張ってる。…そろそろ、俺も頑張らなきゃいけないのかもって、思ってて。」
紫月は右手をぐっと握った。日向がかつて頭を撫でてくれた時に感じた安心感のようなものを、どうやったら渡せるのだろうか。同じことはさすがにできず、紫月は右手の力をゆるめ、そして日向の服の背を少しだけ握った。
「日向くんもずっと頑張ってると思う。…仕事もずっと、営業のトップだし。どんな人ともきちんとお話して、要望も取り入れて…大変なのにそんなのは顔に出してないよ。そしておまけに、私のことまでたくさん、気遣ってくれて…。」
「…おまけじゃない、紫月さんのことは。」
「え…?」
紫月の背も、何かに掴まれたような感触がした。
* * *
(壊れても直せばいいだなんてそんな簡単なことは、言えないし思えない。でも…)
「…ごめんね、紫月さん。我慢できなくてごめん。」
「…我慢…?」
(もう、逃げられないところまで来てしまった、気がする。)
「…好き。」
「え…?」
「紫月さんのことが、…好き。…紫月さんが向けてくれる笑顔が大事で、…それを傍で見ていたくて、できればずっと、紫月さんに無理をさせないでいたかったけど…。…できなくてごめん。」
「っ…。」
彼女が息を飲んだのがわかった。それでも背を握る手が離れたわけではなくて、そのことに少しだけ安堵する。
「…6月のあの日にあった気持ちじゃ全然、今は追い付かない。…『気になる』なんてものじゃない。…もっと大事で、…ただの同期じゃないとだめだってことが…ごめんね、苦しくなっちゃって。…もっといろんなことを上手に隠せてたのに、…紫月さんが笑ってくれると…どうしようもなく…て…。…だから今日は、変に見えたんだと…思う。」
「…日向…くん…私…。」
少しだけ視線を左にずらすと、真っ赤に染まった彼女の耳が見えた。頭を彼女の肩に乗せて話すというわがままタイムはここで終わりにしなくてはならない。これ以上、彼女に負担をかけてはいけない。
「…日向、くん?」
「…気持ちを自分だけで持っておけなくなったからって、いつでも紫月さんにぶつけていいわけじゃないのにね。…ごめんね、楽しいデートを楽しくないものに変えちゃって。」
「そんなこと…ないっ…。」
泣きそうにも見えるし、もっと別の何かに耐えているような顔にも見える。しかし首を横に何度も振って否定してくれる姿にも愛しさだけが募る。そんな彼女の手が、背から離れて自分の左手をそっと握った。
「…い、今はびっくりしてる…けど…今日もずっと…楽しかった。それは変わらない、です。」
握られたことにまた安堵して、そのまま握り返してしまう。触れた彼女の手は小さくて柔らかくて、温かかった。
「…日向くんにそんなことを思ってもらえるなんて…思って…なかった、から…。私じゃ不釣り合いで…全然、ふさわしくない、…から。その、日向くんとの楽しい時間は…私が大きいミスをしたら終わっちゃうと…思って、たから…。」
一生懸命に言葉を紡ぐ彼女の行動が嬉しい反面、そんなに必死に考えさせている状況は好ましくなくて複雑な気分だった。充分頑張っているのだから、せめて自分の前ではそんなに頑張らなくてもいいと言ってあげたかった。それなのに今の自分は彼女に頑張ることを強いている。
「…上手に今、返せない…ので、少し、言葉にする時間を、もらってもいい、かな。」
「え?」
「…嬉しい、のは…すぐに言える、言葉なの。…日向くんの気持ちは…嬉しい、です。」
「…ほんと?」
彼女は一度だけしっかりと頷いた。
「…日向くんの言葉と気持ちに見合うことを…言えるようになりたいので、…待って、もらえますか?」
「…当たり前だよ、そんなの。」
「…よ、よかった…。あの、何をするにも時間が掛かってごめんなさい…。」
「…ううん、全然。…ありがとう、紫月さん。」
段々と冷えてきた彼女の手を離せないまま、車まで引き返した。
日向の様子が今日は時折おかしくて、紫月としてはそれが気がかりで帰りの運転を代わろうと提案したが『大丈夫』だと言われてしまえば飲み込むしかなかった。
海岸沿いを走りながら、駐車ができそうなスペースが明かりの下に見えて紫月は勇気を出して口を開いた。
「日向くん、あの…丁度日が沈むところが見れそうだから、あのあたり、寄れるかな?」
「うん。寄り道しよう。」
言い方も声も変わらないはずなのに、つまらなそうだとかそういう風に見えているわけではないのにただ、どこか説明の出来ない何かが違っているように感じる。
バタンと車のドアを閉め、ざり、ざりと音の鳴る道を踏みしめながら砂浜に近付いていく。辺りには誰もいなかった。秋の海は人気スポットではない。
「砂浜におりる?それともここで見る?」
白い手すりがずらっと並ぶ。その一つに手を掛けながら、日向が問いかける。日向の背中の方から沈みかけたオレンジ色の太陽の光が目に飛び込んできて、眩しくて薄目で一度見つめた。
「砂ついたら靴、汚れちゃうから…ここで見てもいい、かな?」
「うん。…風、強いね。寒くない?」
「大丈夫。」
紫月はオレンジ色が吸い込まれていくのを見つめた。
(…完全に見えなくなったら、言う。日向くん、何かあったって、聞く。)
「…見えなくなっちゃったね。意外と、あっという間。」
「ね。もっと時間がかかるのかなって思ってた。」
ここでいつも通り笑い合えれば、この違和感を流してしまえば『今までの自分』だ。だからもう、それをしない。
「日向くん。」
「な、何?」
「…何かあったんじゃない?時々ちょっと、考え込んでるみたい、だったから。…疲れさせちゃった?」
紫月がそう言い終えると、日向の笑みは少し雰囲気の違うものに変わった。はぁと長くゆっくりと息を吐いてから、どちらかといえば苦笑にもとれる笑みになったように感じる。
「…ううん、疲れてないよ。…でも、…紫月さんにそう見えてたんなら良くなかったね。心配させた?」
「…心配は、して、る…よ。私が迷惑かけてないかなって思ってる、いつも。でも日向くんはそうじゃないって言ってくれるから、…私のせいじゃない、のかもしれないけど、私のせいでもそうじゃなくても、考え込んでることを聞いて、日向くんの心を軽くできるなら…そうしたいって思って、ます。」
ズッと日向の靴が砂利と砂に擦れる音がした。
「…日向、くん…?」
思えば、紫月が勝手にシャツの裾を掴んだり、背中に隠れたりしたことはあっても、日向の方から距離を詰めてきたことは今までになかった気がする。そんな日向がゆっくりと紫月に向き合い、3歩距離を縮めた。そして日向の頭が静かに、紫月の肩に乗った。
「…ごめんね、紫月さん。…正直になっても、いい?」
初めて聞く日向の声だった。謝られるようなことは何も起こっていない。ただ、日向に『何かあった』ということはおそらく確実だということがわかり、突然落ちてきた日向の頭と近くなった声に緊張しながらも、紫月は言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。
「…うん。解決策が言えるわけじゃない…と思うんだけどでも、話を聞くのは、私にもできるよ。」
「…そっか。…紫月さんはさ、やっぱり最初からまっすぐで、強くてかっこいい、人…だよね。ただ、自信がなさそうだっただけで。でも今、紫月さんは自信があってもなくても、…いっぱい頑張ってる。…そろそろ、俺も頑張らなきゃいけないのかもって、思ってて。」
紫月は右手をぐっと握った。日向がかつて頭を撫でてくれた時に感じた安心感のようなものを、どうやったら渡せるのだろうか。同じことはさすがにできず、紫月は右手の力をゆるめ、そして日向の服の背を少しだけ握った。
「日向くんもずっと頑張ってると思う。…仕事もずっと、営業のトップだし。どんな人ともきちんとお話して、要望も取り入れて…大変なのにそんなのは顔に出してないよ。そしておまけに、私のことまでたくさん、気遣ってくれて…。」
「…おまけじゃない、紫月さんのことは。」
「え…?」
紫月の背も、何かに掴まれたような感触がした。
* * *
(壊れても直せばいいだなんてそんな簡単なことは、言えないし思えない。でも…)
「…ごめんね、紫月さん。我慢できなくてごめん。」
「…我慢…?」
(もう、逃げられないところまで来てしまった、気がする。)
「…好き。」
「え…?」
「紫月さんのことが、…好き。…紫月さんが向けてくれる笑顔が大事で、…それを傍で見ていたくて、できればずっと、紫月さんに無理をさせないでいたかったけど…。…できなくてごめん。」
「っ…。」
彼女が息を飲んだのがわかった。それでも背を握る手が離れたわけではなくて、そのことに少しだけ安堵する。
「…6月のあの日にあった気持ちじゃ全然、今は追い付かない。…『気になる』なんてものじゃない。…もっと大事で、…ただの同期じゃないとだめだってことが…ごめんね、苦しくなっちゃって。…もっといろんなことを上手に隠せてたのに、…紫月さんが笑ってくれると…どうしようもなく…て…。…だから今日は、変に見えたんだと…思う。」
「…日向…くん…私…。」
少しだけ視線を左にずらすと、真っ赤に染まった彼女の耳が見えた。頭を彼女の肩に乗せて話すというわがままタイムはここで終わりにしなくてはならない。これ以上、彼女に負担をかけてはいけない。
「…日向、くん?」
「…気持ちを自分だけで持っておけなくなったからって、いつでも紫月さんにぶつけていいわけじゃないのにね。…ごめんね、楽しいデートを楽しくないものに変えちゃって。」
「そんなこと…ないっ…。」
泣きそうにも見えるし、もっと別の何かに耐えているような顔にも見える。しかし首を横に何度も振って否定してくれる姿にも愛しさだけが募る。そんな彼女の手が、背から離れて自分の左手をそっと握った。
「…い、今はびっくりしてる…けど…今日もずっと…楽しかった。それは変わらない、です。」
握られたことにまた安堵して、そのまま握り返してしまう。触れた彼女の手は小さくて柔らかくて、温かかった。
「…日向くんにそんなことを思ってもらえるなんて…思って…なかった、から…。私じゃ不釣り合いで…全然、ふさわしくない、…から。その、日向くんとの楽しい時間は…私が大きいミスをしたら終わっちゃうと…思って、たから…。」
一生懸命に言葉を紡ぐ彼女の行動が嬉しい反面、そんなに必死に考えさせている状況は好ましくなくて複雑な気分だった。充分頑張っているのだから、せめて自分の前ではそんなに頑張らなくてもいいと言ってあげたかった。それなのに今の自分は彼女に頑張ることを強いている。
「…上手に今、返せない…ので、少し、言葉にする時間を、もらってもいい、かな。」
「え?」
「…嬉しい、のは…すぐに言える、言葉なの。…日向くんの気持ちは…嬉しい、です。」
「…ほんと?」
彼女は一度だけしっかりと頷いた。
「…日向くんの言葉と気持ちに見合うことを…言えるようになりたいので、…待って、もらえますか?」
「…当たり前だよ、そんなの。」
「…よ、よかった…。あの、何をするにも時間が掛かってごめんなさい…。」
「…ううん、全然。…ありがとう、紫月さん。」
段々と冷えてきた彼女の手を離せないまま、車まで引き返した。



