「…これで、いいかな。」
「見ていいの?」
「うん。…変なところ、あったら直してほしい、かも。」
「わかった。」
『返事が遅くなってごめんなさい。昨日からずっと考えていて、答えが出せなくて遅くなりました。西村くんとやり直すことを、私が上手く想像できませんでした。ごめんなさい。食事もデートもできません。ごめんなさい。』
『ごめんなさい』以外、どんな言葉を使えばいいのかわからなくて、ごめんなさいを繰り返した文面になってしまった。日向は真剣な眼差しで読み終えると、紫月の方を見つめた。
「ごめんなさいって紫月さんが言わなきゃいけないようなところはないかなーと個人的には思うけど、でも紫月さんらしいかなとも思うからこれでいこう。変なところはないよ。誰にでもわかる、終わったんだなって意思表示にちゃんとなってるよ。」
日向の言う通り、『終わっている』のだ。正しく言えば、西村が終わらせたいと言ったから終わったもので、だからこそ戸惑っている。西村が自分とやり直したいと思うような出来事があったわけではないのだから。
「よし、じゃあ帰ろう。あ、ちゃんとゆっくり立ってね。」
「あっ、そ、そうだった、足…。」
「痛みに強いタイプなのかなぁ、紫月さんって。…って違うか。思考が身体的な痛みよりも心の方にいっちゃってるだけだね。どっちも痛くて当然なんだから、どっちにもちゃんと配慮すること!」
「は、はいっ…!」
紫月がまっすぐ返事をすると、日向は微笑んだ。
「支え必要なら肩でも腕でも貸すよ?」
「だ、大丈夫!ちょっと歩くの遅くなっちゃうけど、そこまで手は煩わせないよ!」
「じゃあ代わりに鞄は持ちます。必要な時はいつでも掴んでいいからね。」
「…ありがとう。」
スッと日向が鞄を持つ。一歩を踏み出すと、ちゃんと痛覚としてわかる痛みがじわっと伝わってきた。それでも、全てを含めて朝よりかなりマシになっている。足の痛みも、心の重さも。
* * *
紫月の鞄を持った日向は、時折くる鞄の中のバイブレーションにこれがメッセージ通知ではなく『着信』であることを確信していた。
(…金曜だし、この人下手したらまた紫月さんの家に来るかも。…ってか、待ち伏せてたりする?)
会計を済ませながら、そんなドラマのような展開まで浮かぶ始末だった。自分勝手なメッセージを紫月が一人で読むことがなくて心の底から良かったと思っている。あの文面を紫月が一人で読んでいたらおそらく押されて、食事に行っていたかもしれないし、デートにも行っていたかもしれない。積極的に紫月の方から会いたいとは言わなくても、彼はきっとそんなことで空気を読んだり、紫月の繊細な心を理解したりすることはなく、きっと自分の解釈で関係を進めていく、そんな気がした。
(…腹が立つな、さすがに。)
紫月はそうは言わなかったけれど、おそらく足の怪我は心の動揺がダイレクトに出た結果だろう。
(泣かせて、悩ませて、怪我の痛みを与えて…それでも納得ができなくて、電話してどうするつもりなんだ?…どちらにせよ、しばらく紫月さんは一人で外出しない方がいいかもしれない。)
社会的に後ろ指をさされるようなことをするような人ではないと信じたいが、メッセージから察せられる自分本位の物の見方は、紫月のように相手の捉え方を真っ先に考えるタイプの首を一瞬で絞める。営業職で様々な人を見てきた経験もあるし、学生時代も周りには人がたくさんいた。だからこそ、本当に色々な人がいたことは忘れていない。紫月のようにまっすぐに、ひたむきで、そして相手の行動も言葉も一つ一つ丁寧に受け取るような人間は、疲弊させられてしまう。特に、自分というものさししか持たずに、そしてそれがさも正解でこの世の理かのようにかざす人には。
「ま、まさかお会計済ませちゃった!?」
「うん。紫月さんは今度デートの時の食べ歩きスイーツを出してください。」
「そ、そんなんじゃ金額が全然釣り合わないよ!」
「紫月さんの時間を貰うんだから、それくらいで丁度いいんだよ。」
再び長く、スマートフォンが震えてその音が紫月に気付かれる前に雑踏に紛れたい。家までの帰り道の中でもう泣かせたくはなかったし、暗い顔もしてほしくなかった。
(…ちょっと顔、赤くなってる。…うん、そういう顔の方がいい。ずっとそうしててよ。)
* * *
「紫月さん、座って。」
「…ありがとう。」
たまたま一席空いたところに座ると、紫月はふぅっと息を吐いた。
「やっぱり痛い?」
「…ちょっと気を遣って歩くから、…痛みもあるけど疲れるね、なんか。」
「どのくらいで治るって?」
「2週間分の湿布貰ったけど、1週間経っても痛みが同じくらいだったら念のためすぐ受診してくださいって言われたよ。…そんなに長引かないといいんだけど。」
「そうだね。…長引いちゃうと、デートが遠のいちゃうし。」
「…あの、えっと…お礼は本当にそれでいいの?欲しいものとか食べたいものとか、そういうリクエストでも全然…。」
紫月がそう言うと、日向は微笑みながら首を横に振った。
「デートがいい。まぁ、そんなに色々返そうってしなくていいよ、今は。優先すべきは安全に帰ることと、土日は安静にすることだから。」
「…お、仰る通りで…。」
西村にメッセージを送ったあとがどうなったのか、紫月には今確認する術がない。ただ、それがありがたかった。もし一人で送って、すぐさま電話でもメッセージでも何らかのリアクションが西村からあったら、それこそどうにもできなかったかもしれない。少なくとも『断る』という行動は取れなかった気がする。
電車を降りて最寄りからの道を歩く。日向との他愛もない会話は気楽で楽しかった。来週以降の夕飯は何を食べようかとそんな話で盛り上がって、少しだけ笑う。西村のことは鉛のようにまだあって、もやもやするところもあるが日向が楽しそうに話すから、紫月もつられて笑う。笑うとホッとする。日向の笑顔にもだが、笑える自分にとにかくホッとしてしまうのだ。
紫月の住むアパートが目に入った瞬間、紫月は息を飲んだ。
「っ…な…なんで…?」
「ん?」
紫月の足が止まってしまった。それに気付いた日向も歩みを止める。そして、紫月の家の方に視線を向けて、ふーっと長いため息をついた。
「…やっぱり?なんか、いるような気がしてた。」
「見ていいの?」
「うん。…変なところ、あったら直してほしい、かも。」
「わかった。」
『返事が遅くなってごめんなさい。昨日からずっと考えていて、答えが出せなくて遅くなりました。西村くんとやり直すことを、私が上手く想像できませんでした。ごめんなさい。食事もデートもできません。ごめんなさい。』
『ごめんなさい』以外、どんな言葉を使えばいいのかわからなくて、ごめんなさいを繰り返した文面になってしまった。日向は真剣な眼差しで読み終えると、紫月の方を見つめた。
「ごめんなさいって紫月さんが言わなきゃいけないようなところはないかなーと個人的には思うけど、でも紫月さんらしいかなとも思うからこれでいこう。変なところはないよ。誰にでもわかる、終わったんだなって意思表示にちゃんとなってるよ。」
日向の言う通り、『終わっている』のだ。正しく言えば、西村が終わらせたいと言ったから終わったもので、だからこそ戸惑っている。西村が自分とやり直したいと思うような出来事があったわけではないのだから。
「よし、じゃあ帰ろう。あ、ちゃんとゆっくり立ってね。」
「あっ、そ、そうだった、足…。」
「痛みに強いタイプなのかなぁ、紫月さんって。…って違うか。思考が身体的な痛みよりも心の方にいっちゃってるだけだね。どっちも痛くて当然なんだから、どっちにもちゃんと配慮すること!」
「は、はいっ…!」
紫月がまっすぐ返事をすると、日向は微笑んだ。
「支え必要なら肩でも腕でも貸すよ?」
「だ、大丈夫!ちょっと歩くの遅くなっちゃうけど、そこまで手は煩わせないよ!」
「じゃあ代わりに鞄は持ちます。必要な時はいつでも掴んでいいからね。」
「…ありがとう。」
スッと日向が鞄を持つ。一歩を踏み出すと、ちゃんと痛覚としてわかる痛みがじわっと伝わってきた。それでも、全てを含めて朝よりかなりマシになっている。足の痛みも、心の重さも。
* * *
紫月の鞄を持った日向は、時折くる鞄の中のバイブレーションにこれがメッセージ通知ではなく『着信』であることを確信していた。
(…金曜だし、この人下手したらまた紫月さんの家に来るかも。…ってか、待ち伏せてたりする?)
会計を済ませながら、そんなドラマのような展開まで浮かぶ始末だった。自分勝手なメッセージを紫月が一人で読むことがなくて心の底から良かったと思っている。あの文面を紫月が一人で読んでいたらおそらく押されて、食事に行っていたかもしれないし、デートにも行っていたかもしれない。積極的に紫月の方から会いたいとは言わなくても、彼はきっとそんなことで空気を読んだり、紫月の繊細な心を理解したりすることはなく、きっと自分の解釈で関係を進めていく、そんな気がした。
(…腹が立つな、さすがに。)
紫月はそうは言わなかったけれど、おそらく足の怪我は心の動揺がダイレクトに出た結果だろう。
(泣かせて、悩ませて、怪我の痛みを与えて…それでも納得ができなくて、電話してどうするつもりなんだ?…どちらにせよ、しばらく紫月さんは一人で外出しない方がいいかもしれない。)
社会的に後ろ指をさされるようなことをするような人ではないと信じたいが、メッセージから察せられる自分本位の物の見方は、紫月のように相手の捉え方を真っ先に考えるタイプの首を一瞬で絞める。営業職で様々な人を見てきた経験もあるし、学生時代も周りには人がたくさんいた。だからこそ、本当に色々な人がいたことは忘れていない。紫月のようにまっすぐに、ひたむきで、そして相手の行動も言葉も一つ一つ丁寧に受け取るような人間は、疲弊させられてしまう。特に、自分というものさししか持たずに、そしてそれがさも正解でこの世の理かのようにかざす人には。
「ま、まさかお会計済ませちゃった!?」
「うん。紫月さんは今度デートの時の食べ歩きスイーツを出してください。」
「そ、そんなんじゃ金額が全然釣り合わないよ!」
「紫月さんの時間を貰うんだから、それくらいで丁度いいんだよ。」
再び長く、スマートフォンが震えてその音が紫月に気付かれる前に雑踏に紛れたい。家までの帰り道の中でもう泣かせたくはなかったし、暗い顔もしてほしくなかった。
(…ちょっと顔、赤くなってる。…うん、そういう顔の方がいい。ずっとそうしててよ。)
* * *
「紫月さん、座って。」
「…ありがとう。」
たまたま一席空いたところに座ると、紫月はふぅっと息を吐いた。
「やっぱり痛い?」
「…ちょっと気を遣って歩くから、…痛みもあるけど疲れるね、なんか。」
「どのくらいで治るって?」
「2週間分の湿布貰ったけど、1週間経っても痛みが同じくらいだったら念のためすぐ受診してくださいって言われたよ。…そんなに長引かないといいんだけど。」
「そうだね。…長引いちゃうと、デートが遠のいちゃうし。」
「…あの、えっと…お礼は本当にそれでいいの?欲しいものとか食べたいものとか、そういうリクエストでも全然…。」
紫月がそう言うと、日向は微笑みながら首を横に振った。
「デートがいい。まぁ、そんなに色々返そうってしなくていいよ、今は。優先すべきは安全に帰ることと、土日は安静にすることだから。」
「…お、仰る通りで…。」
西村にメッセージを送ったあとがどうなったのか、紫月には今確認する術がない。ただ、それがありがたかった。もし一人で送って、すぐさま電話でもメッセージでも何らかのリアクションが西村からあったら、それこそどうにもできなかったかもしれない。少なくとも『断る』という行動は取れなかった気がする。
電車を降りて最寄りからの道を歩く。日向との他愛もない会話は気楽で楽しかった。来週以降の夕飯は何を食べようかとそんな話で盛り上がって、少しだけ笑う。西村のことは鉛のようにまだあって、もやもやするところもあるが日向が楽しそうに話すから、紫月もつられて笑う。笑うとホッとする。日向の笑顔にもだが、笑える自分にとにかくホッとしてしまうのだ。
紫月の住むアパートが目に入った瞬間、紫月は息を飲んだ。
「っ…な…なんで…?」
「ん?」
紫月の足が止まってしまった。それに気付いた日向も歩みを止める。そして、紫月の家の方に視線を向けて、ふーっと長いため息をついた。
「…やっぱり?なんか、いるような気がしてた。」



