春の終わりが近づき、校庭の桜はすっかり若葉に覆われていた。昼休みの屋外は、日差しが心地良い。
 だがその日、充は体育館裏の倉庫前にいた。そこには放置された照明機材が、埃を被って山積みになっている。
 「……うわ、これはひどい」
 鉄のフレームは錆び、コードは絡まり、レンズのガラスは曇っている。新品を買う予算は到底出せない。スポンサー交渉も道半ばだ。ならば今ある資材を復旧するしかない——そう判断した充は、この旧機材の山に挑む決意を固めていた。
 「さて、どこから手をつけるか……」
 独り言をつぶやいていると、倉庫の奥から何やら物音がした。
 ガサ、ガサガサッ——。
 「ん?」
 警戒しつつ覗き込むと、そこには一人の男子生徒が黙々と作業をしていた。細身で、制服もどこか整いすぎている。整髪料の匂いもない。静かに工具を操りながら、照明機材を分解しては整備している。
 充は思わず声をかけた。
 「あの……君、誰?」
 男子生徒はふと顔を上げた。日本人離れした整った顔立ち、切れ長の目。だが表情は淡々としている。
 「イヴァン・セルゲイヴィッチ・ルカノフ……転校生」
 「え、転校生?」
 「先週、編入」
 短く静かな返事だった。言葉は日本語だが、抑揚に微かに外国語訛りが残っている。
 「それ……直してるの?」
 「古いけど、直せる。配線も交換すれば安全」
 イヴァンは分解した部品を丁寧に磨き始めた。まるで機械と会話しているかのような手際だった。
 「すごいな……その道のプロ?」
 「父、ロシアで劇場照明技師。僕も小さい時から見てた」
 さらりと答えるイヴァン。その落ち着いた態度に、充はじわじわと興奮してきた。
 「ちょっと、俺たち今、屋外劇場の再生プロジェクトを進めてるんだけど——君、照明担当、やってくれない?」
 イヴァンは手を止めて、しばし充をじっと見つめた。静かな間が流れる。だが拒絶の色はない。
 「……わかった」
 その一言で、充の胸は高鳴った。思わず小さくガッツポーズを取る。
 「ありがとう! 本当に助かるよ!」
 「でも、条件」
 「条件?」
 「機材……全部、直す」
 充は一瞬きょとんとしたが、すぐに納得した。
 「もちろん! むしろ、直してもらわないと困る!」
 「必要、部品リスト作る。市販でも買えるはず」
 「わかった。知香に交渉させるから!」
 充はもう完全に乗り気だった。思わぬ救世主が現れた瞬間だった。