雨音が柔らかく響く中、古書店の二階は静かな熱気に包まれていた。窓の外では、街路の灯りが雨粒に滲んで揺れている。
 「ストーリーの流れを整理してみようか」
 知香がホワイトボードを持ち出して、マーカーを手にした。倫子が勢いよく続ける。
 「まず、異世界の演劇団が現実に現れる。でも、彼らは“光”を失っていて、もう自分たちでは舞台に立てない」
 「そこで、現実世界の私たち——高校生が巻き込まれていくのね」
 咲来が頷きながらメモを取る。
 「で、その過程で登場人物たちは、自分自身が舞台に立つ理由を探すことになる。“なぜ自分は表現するのか?”って問いを、それぞれがぶつけられる」
 「観客もそれを見て、自分に問いかける仕組みにする……!」
 知香がホワイトボードに図を描きながら言う。
 「劇中劇構造で、異世界パートと現実パートを重ねて進めるのはどう?」
 「二重の物語構造か。脚本としてはかなり高度だけど、やりがいあるな」
 充が身を乗り出す。だがその顔には明らかにワクワクが浮かんでいる。
 「……私も脚本、挑戦してみたい」
 倫子がぽつりと言った。
 「え?」
 「咲来の脚本はもちろん軸にするけど、私のアイデアも一緒に入れたい。即興で伏線とか、小ネタ挟むの得意だから」
 「倫子らしいな」
 咲来は微笑みながら頷いた。
 「もちろん、一緒に作ろう。柔軟にアイデアが進化していくのが一番面白いし」
 「台詞の中にちょっとした謎解き要素とか、観客が考えたくなるような仕掛けも入れてみたいな」
 倫子の目が生き生きと輝く。
 「それなら脚本の中に“観客参加型”の演出も入れられそうだな」
 充がぽつりと呟くと、一同がさらに沸き立った。
 「客席の中に隠れキャラとか!」「光のエフェクトと連動するとか!」「音楽も即興性を加えられるかも!」
 アイデアが次々と溢れて止まらない。まるで、閉じ込められていた光が弾け出すように。
 「やばい……これ、本当に面白くなるぞ」
 充が顔をほころばせる。
 ——気がつけば、もう三時間以上話し込んでいた。
 時計を見た咲来が「あ……」と小声で呟いた。
 「終電、やばいかも」
 「あ!」
 倫子と知香も慌てて荷物をまとめる。
 「今日はこの辺でいったん切ろう。次は脚本の骨組みを細かく組み立てような」
 「了解!」
 皆がそれぞれに笑顔を浮かべ、帰り支度を整えた。古書店の階段を下りると、雨は少し弱まっていたが、まだしとしとと降り続いている。
 「倫子、今日はありがとな!」
 「また使っていいから、いつでも声かけて!」
 別れ際、充は改めて今日の進展を噛み締めた。雨宿りの偶然が、ここまで重要な脚本の核心を生むとは思わなかった。
 ——物語の“光”は、こうして少しずつ形になり始めた。
(第3話「雨宿りの脚本会議」執筆 End)