翌日、充は生徒会室に向かった。そこにいたのは祐貴。二年生にして生徒会の「影の交渉人」と呼ばれている男だ。いつも飄々としていて、トラブルも器用に丸め込むのが得意だ。
 生徒会室では、祐貴が書類の束を前にお茶を飲んでいた。扉を開けると、すぐにニヤリと笑って迎えた。
 「おや、珍しい人が来たな。相談?」
 「そう。頼みがある」
 「聞こうか」
 充は今までの経緯を一気に説明した。屋外劇場の存続、舞台の再生計画、そして資金面の問題。
 祐貴は顎に手を当てて少し考え込んだ。
 「なるほどね。確かに、面白い話だ。ただ、外部の大人相手の交渉となると、いくつか面倒がある。失敗すると『生徒が勝手に…』って叩かれるリスクもあるし」
 「そこを、なんとか!」
 祐貴はお茶を一口飲んだあと、ふっと肩をすくめた。
 「ま、いいか。面白そうだし、俺の外交スキルを試す場だと思えば悪くない。ただし条件がある」
 「条件?」
 「俺に、進行全体の調整役をやらせてくれ。表には出ないけど、外部交渉や、万が一の責任処理は俺が受け持つ。その代わり、細かい口出しは勘弁な?」
 充は目を丸くした。まさに理想的な提案だ。
 「もちろん! むしろありがたい!」
 「よし決まりだ」
 祐貴は軽く書類を重ね直し、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。
 「それで、まずは市役所の市民文化課だな。議員にも顔が利く商店街の組合長も一応押さえとくか。で、スポンサー交渉の初陣は今度の日曜にしよう」
 「早いな……!」
 「物事はタイミングだよ、充くん」
 祐貴のテンポ感に、充はただただ舌を巻いた。まさに頼もしい"外交官"が加わった瞬間だった。
 日曜日の朝。商店街通りの一角にある和菓子屋「朝霧堂」の二階座敷に、充・祐貴・知香・倫子が集まった。今日は商店街組合長・朝霧氏との初のスポンサー交渉である。
 「緊張するね……」と知香が小声で呟く。
 倫子は「こういうの、脚本のネタに良さそう」と小声で楽しそうにノートを出している。
 朝霧氏は、恰幅のいい小柄な初老の男性で、趣味の釣りが自慢らしい。大福のような柔らかな顔つきだが、商店街全体をまとめる実力者でもある。
 「で、若いの。わしらに何の話を持ってきたんだ?」
 充が口を開こうとした瞬間、祐貴が軽やかに話を取った。
 「今回、清栄高校の生徒が中心となって市民会館裏の屋外劇場を再生し、市民向けの野外公演を計画しております。将来的には地域の新たな名物にも育てられるかと——」
 祐貴の話は端的で分かりやすく、しかも組合の利益に直結する未来像を描くのがうまい。朝霧氏はしばらく腕を組みながら聞いていたが、やがて口元を緩めた。
 「ほほう。なるほどな。だがスポンサーとなれば、わしらにもそれなりの見返りが欲しいぞ?」
 「もちろんです。公演パンフレットには協賛店の広告を掲載、当日の物販コーナーも設けます。地元商店のPRには最適かと」
 知香が横から資料の予備案を差し出した。
 「こちらに簡単な収支予想と広告案のサンプルもございます」
 朝霧氏は資料を受け取り、ぺらりとめくった。
 「……ふむ。よく調べてあるじゃないか。若いのに立派だ」
 「恐縮です」
 祐貴が軽く頭を下げる。まさに商談のプロだった。