二月中旬、ルミナステージ前広場。
 朝の冷え込みがまだ残る中、チラシ用の広報ビジュアル撮影が始まっていた。
 「じゃあ、全員位置についてー!」
 カメラマンが大きな声を張り上げる。
 「紗季、もう少し右! 充、もうちょっと前へ!」
 「あ、はい!」
 充たちメンバーは慌ただしく移動する。背後のルミナステージには仮設の大きな横断幕が掲げられていた。
 《最終公演決定! 光の卒業記念ライブ》
 商店街連携で作られた特注横断幕は、市民の期待を集める象徴となっていた。
 「じゃあ笑顔ー! 3、2、1——」
 カシャリ。
 シャッター音が響くが——
 「うーん、もうちょっと自然な表情欲しいなー! 一度リラックスしようか!」
 カメラマンが少し困ったように笑った。
 「緊張して固くなってるなあ……」
 健吾が苦笑する。
 「だって本番まであと少しだし……逆に今が一番怖いかも」
 「でもさ、この半年ずっとトラブルばっかりだったじゃん。今さら緊張するのも変だよね」
 紗季が無邪気に笑った。
 「よし、じゃあ気分変えよう!」
 凌太がいきなりポケットからシャボン玉を取り出した。
 「ほら、みんなでシャボン玉吹こう!」
 「え、今!? 外だよ!?」
 「いいからいいから!」
 子ども用のシャボン玉を各自に配り始める。半ば強引に全員が吹き始めた。
 ——ふわり。
 冬の冷たい空気に小さな虹色の泡が舞い上がった。
 「あ、きれい……!」
 咲来が息を呑む。
 その瞬間、偶然にも風が吹き抜け、泡が広場の空に一斉に浮かび上がった——
 ——その先に薄い雲間から太陽光が差し込み、淡い虹が空にかかった。



 「うわ……虹だ!」
 健吾が思わず声を上げた。
 シャボン玉の虹色の膜と、空に現れた本物の虹が重なり、ルミナステージの上空はまるで特別な舞台装置のように輝いていた。
 「このタイミング……奇跡かよ……」
 凌太が息を飲む。
 「今だ! 撮るよー! 全員こっち見て! 笑顔! 3、2、1——!」
 カメラマンが叫び、シャッターが切られた。
 パシャリ。
 全員の最高の笑顔と、背後の虹と、舞い上がるシャボン玉——奇跡の一枚が生まれた瞬間だった。
 撮影が終わると、カメラマンがモニターを確認しながら呟いた。
 「……これは……もう、宣伝写真ってレベルじゃないな」
 「使えそうですか?」
 充が緊張気味に尋ねると、カメラマンは大きく頷いた。
 「この写真、商店街のポスターにも、SNS用にも、新聞広告にも全部使える。逆に、これ以上の奇跡はもう狙っても撮れないと思うよ」
 「ほんとだよ……自然の演出まで味方につけたな」
 祐貴が苦笑しながらも感心する。
 「……光が揃わなくても、輝く」
 咲来がふと呟いた。まさに彼女の脚本の核心そのものだった。
 「この写真、きっと私たちの象徴になるね」
 倫子が小さく微笑む。
 広場の片隅にいたシェイアンも、虹を見上げながら静かに言った。
 「これが、あの日の“足跡の総称”だ」
 その言葉に、誰もが静かに頷いた。
 こうして“卒業先取り写真”は、ラストスパートの旗印として、町中に掲げられていくことになるのだった。
(第30話「卒業先取り写真」執筆 End)